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62.お魚さん尽くし(2)
「まぁ。ミオさん、今はオフィスのお留守番を?」
洋風の茶菓子を勧めながら、京堂さんは驚いたように聞き返す。
そりゃそういう反応になるよな。あくまで一般論だが、十歳の子供といったら、この時間帯は通学中である事が多いのだから。
「そうなんです。慣れない土地で色々と不安だろうし、オンライン授業なら別室でも受けられますから、できるだけ一緒にいてあげたくて……」
「やっぱりお優しいんですね、柚月さん。そういうお話を聞くと、私、キュンキュンしてしまいます!」
そう言って胸元で手を合わせ、顔をほころばせる京堂さんを見るに、確かにキュンキュンしてはいるようだ。おそらく、将来のお嫁さんとして慕 い続ける、ミオの健気さに母性本能をくすぐられたんだろう。
他方、お褒めに預かっといて何なんだが、俺の優しさは、元カノから食い物にされるほど付け入るスキが大きい。その自覚があるからこそ、手前味噌にも、自賛にもなりゃしないのだ。
裏を返せば、その元カノを返り討ちにした結果、こんだけデカイ仕事が回ってきたとも言えるんだけど、それとて偶然と運の巡り合わせだからなぁ。
「前にも伺いましたけど、柚月さんがミオさんを里子にお迎えした時点では、四年ぶりの再会だったんでしょう? とても運命的で素敵ですわ」
「はは、不思議ですよね。あの子がまだ六歳だった当時、僕に頭をナデナデされた事を、ずっと覚えていてくれたらしくて――」
そこまで話すと、京堂さんはやにわに目を閉じ、頬に指を当て、何かを考え込み始めた。あまりにも超人的な働きぶりだから忘れがちだが、彼女とて、休日はごく普通の女子である。という事実を踏まえて察するに、彼女はおそらく、ミオと似たような体験談を、記憶の中の恋バナから探り当てようとしているのかも知れない。
「ふむふむ、なるほどぉ。それだけ強く、ミオさんの印象に残ったということですね。もしかしてミオさん、今も頭を撫でてもらうのが好きなのでは?」
「え? ええ、まぁ。確かにご推察の通り、あの子はナデナデされた後の甘え方が、いつもとは段違いなんです。そこが愛しいんですけどね」
なんて、思わず惚気 てしまった。実際、児童養護施設にいた頃のミオは大人に対して心を閉ざし、誰にも懐くことがなかったと聞いている。
そんな苦い過去を持つショタっ娘ちゃんが、同じ大人である俺にだけは心を許し、恋心を抱き、「ボク、お兄ちゃんのお嫁さんになるー!」とまで言ってくれるのだ。おそらくは、あのナデナデがきっかけで。
もしかして俺は、知らぬ間に、得体の知れぬパワーを操っていたのだろうか?
……まさかな、中二病じゃあるまいし。
あまりにも発想が幼稚過ぎる。万が一、謎のパワーが作用して俺を好きになったのだとしても、それは恋心じゃなくて洗脳だから。
「柚月さん! それはきっと、〝絆ホルモン〟のなせる業 ですわ!」
「はい? 絆 ホルモン?」
思わず、訝 しげな顔で聞き返してしまった。だって、一度たりとて見た事も聞いた事も無いんだもん、〝絆ホルモン〟なんて。
もしかして京堂さん、大阪の焼肉屋で流行り出した新メニューか何かの話してる? 俺の引き出しには存在しない単語だから、そっちのセンはあり得るよな。
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