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62.お魚さん尽くし(6)

「――よろしおます! ほな、明日の朝、九時ごろっちゅうことで」  こんな感じで、昨日はわりかし簡単に、イトヨリダイの煮付け定食を予約できた。  よくよく話を聞いてみると、鮮魚料理の食堂『昇竜山』を経営している仲卸業者さんも、やはり東条会長の世話になったらしい。主に資金面で。  そんな大恩(だいおん)あるお方の秘書、京堂(きょうどう)さんからの紹介だから、特別に俺とミオ、二人分の定食を午前九時ごろまで確保してくれるというのだ。  結果的に、東条会長と京堂さんのコネを使わせてもらった形になる。裏を返せば、会長たちのご威光を借りないと、予約なんか受け付けてくれないって事なのだろう。  それはいいんだが、どうして俺たちが住むマンションの前に、お迎えのクルマが止まっているんだろう。ワンボックスカーの車体に、おもっきし『竜山水産(たつやますいさん)』って書いてあるけど、こんなの初めて見たぞ。 「おはようございます! 柚月(ゆづき)さん。お待ちしておりました」 「あぇっ!? お、おはようございます」  突然の事で整理が追いつかないからか、ミオは俺の後ろに隠れて、ペコリと頭を下げた。  そりゃそうなるよな。いきなり見聞きもした事がない、若い衆が二人を出迎えに来たんだもん。何事かと身構えるのは至極もっともなリアクションだよ。 「あのー。もしかして、昇竜山さんへの送迎ですか?」 「はい! 柚月さんとお子さんを、ウチの食堂までお送りするようにと、専務から伺っとります」 「専務?」 「オバハンの事です」 「オ、オバ……なるほど。それで昨日、専務は住所までお尋ねになられたんですね」 「せやと思います。ほな、後ろの座席に乗ってください。早よぅ着くように安全運転で飛ばしますさかい」  その言葉は相反するのでは? という突っ込みは、もはや無粋なのだろう。制限速度ギリギリまで飛ばすって意味かも知れないし。本当は路線バスで行くつもりだったんだが、せっかくの好意を無下にするわけにもいかないからな。  送ってもらうとしますか。 「行こっか、ミオ。窓側に座るかい?」 「うん。ねぇお兄ちゃん、隣で一緒に座ってくれる?」 「もちろんさ。しっかりシートベルト着けような」  商用のワンボックスカーとはいえ、いつも二人で乗るマイカーとは違って座席数が多く、シートベルトの形状も少し異なる。ただ、水産物を取り扱う会社のクルマにしては、磯臭さがないんだよな。  そこが不思議だ。 「ほな出発しますー。窓は開けといてもろても構いませんのでぇ」 「分かりました。よろしくお願いします」 「お、おねがいしますー」 「ハハハ。お嬢さん、初めてやから緊張されてるんと違います? 任しといてください、オレの運転は市場内ダントツで安全ですさかいに」  よく分からない基準だが、とにかく安全運転に務めてくれるらしい。それはいいとして、まーたウチの子猫ちゃんは「お嬢さん」と勘違いされちゃうんだな。  ミオ本人は、まるで悟りを得たかのような微笑(アルカイックスマイル)を見せているし、もう慣れっこになったんだろう。だったら、俺が訂正するのは野暮かも知れないね。

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