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62.お魚さん尽くし(7)
まぁ、ミオが女の子と間違えられるのは、いつもの事だから軽く流すとして、だ。
確かに今日は、窓を開けていても涼しい風が舞い込んでくるな。それは即 ち、外気温が下がったという事を意味しているわけだ。やっぱり先日の、東条会長に風邪を引かせるほどの大雨が影響し始めているのかねぇ。
近年では当てはまらない事もたまにあるが、ここ日本では、古来から伝わる「暑さ寒さも彼岸まで」の慣用句にある通り、春分の日、秋分の日を境に、徐々にそれらしい季節へと移り変わってゆくのだ。冬から春へ、夏から秋へ。
そろそろ衣替えも考えなきゃなぁ。ミオだって、いつまでも薄着のままじゃいられないだろうし。
特に下半身よ。昔こそ、たとえ秋だろうが冬だろうが、半ズボンで登校する強者がいたそうだけれども、さすがに今は状況が違うからな。色々と。
「なぁ、ミオ。ちょっといいかい?」
「うん。いーよ! なぁに?」
「急な話だけどさ。ミオが施設にいた時、冬服はどうしてたの?」
「冬服?」
「そう、冬服。上は重ね着ができるからいいとしても、下の方がさ。ずっとショートパンツってわけじゃあなかったんだろ?」
「んんー? そんな事ないよ。ボクは小学生になってから、ずっとずーっとショートパンツだよっ」
「冬も?」
「うん。冬になったらね、ショーツの上にタイツを穿くんだよー」
タイツ! その手があったか!
……いや待てよ。いかにタイツを穿いて、生足の冷えを防いでいたとは言えども、それは室内での生活なればこそ成立していた、って話じゃないのか?
実際、俺がミオの養育里親 になるまでは、もっぱら施設で勉学に励んでいたと聞いている。あまりこういう表現は使いたくないが、故あって不登校児になったのは、ミオ本人も認めているわけで。
だったら、年末から翌年の二月、あるいは三月までの、表に出た場合の厳しい寒さを体感していないのでは?
そう考えると、急に心配になってきたな。いかにミオが美脚の持ち主だとはいっても、タイツとショートパンツだけで、ホントに冬を越せるのか?
というか、そもそも、どうしてこの子はそんなにショートパンツが好きなんだろう。
「寒くはならないのかい? タイツは俺も知ってるけどさ、その……タイツだろ?」
「そのタイツだよ。園長先生に買ってもらった、あったかーいタイツがいっぱいあるの」
「暖かいタイツ? 想像つかないな」
「柚月はん。それってもしかして、パッチの事とちゃいますか?」
突然、卸売市場への運転を務める、仲卸業者の若い衆が口を挟んできた。
何なんだ? その食いつきの良さは。ご厚意に甘えている立場上、「話に混ざってくるな」とは口が裂けても言わないけどさぁ、ミオがパッチの上にショートパンツを穿く、その絵面を想像するだけで違和感三倍増しじゃない?
「おニイさん。おそらくだけど、パッチを露出して外出やら登下校をする子供はいませんよ。起き抜けに朝刊を取りに行くオヤジじゃないんだから」
そう答えつつ、バックミラー経由で視線を向けると、さすがに若い衆も空気を読んだようだ。彼は一言「すんまへん!」と軽く詫びるや、再び運転に集中し始めた。暖かいタイツの正体を一緒に推理してくれるのは歓迎だとしても、パッチだのモモヒキだのは、よそ行きのファッションとして魅せる性質のものじゃないし。
ただ、タイツがどういう原理で足を暖めてくれるのか分からないのは、俺とて同じ事だ。そこで、よくよく話を聞いてみると、どうやらミオは、防寒に役立つ裏起毛タイプのモノを買い与えてもらっていたらしい。
「えへへ。足にフカフカしたのが触って、ちょっとくすぐったいけどあったかいんだよー」
「ほぉほぉ、なるほどな。で、そのフカフカタイツの色は? 黒? 白?」
「んーん、ボクの肌色っぽく見えるのを買ってくれたの。園長先生が『ナマアシみたいで映えるから』だって」
……さすがは園長先生。その提案は、俺という彼氏のストライクゾーンにド真ん中だよ。
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