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62.お魚さん尽くし(8)
そんなゾーンの妄想をしつつ話を続けていると、クルマの走行速度が落ちてきた。
矢印信号に従って右に曲がり、乗り入れ用のなだらかな縁石を越え、ゆっくりと進入した先は、かろうじて二車線を確保できたかのような歩車道だった。その狭い道を挟むように立ち並んだ店舗のあちこちでは、観光客らしき家族連れのはしゃぐ様子がうかがえる。
「柚月はん、お嬢さん、着きましたで。こっから食堂までは、構内で決められた速度を守って走りますさかい」
「え。という事はもう、ここは卸売市場の敷地内なんですか?」
「はいな! っちゅうても、ウチが食堂を構えとるんは、中央とは別の卸売市場ですねん。せやから早よ着きましたんや」
あぁーなるほど。理解した。
確かに京堂さんからは、おいしいイトヨリダイ料理が食べられるお店の名前と、連絡がつく電話番号を教わりはしたが、その全てが必ずしも、中央卸売市場の方に店を構えているとは限らないんだ。
「そらぁ、あっちとは規模が違いまっさかい、知名度で言うたら叶いまへん。せやけどですわ。ウチの食堂は最寄り駅から近いよって、行列に並ぶ時間も少なぁて済みますねん。要はUSJ と同じですわ」
という熱弁に水を差したくないんだが、ここが駅近 である事と、メシ屋の行列が増えない事はイコールじゃなくない? どっちかと言うと、近けりゃお客さんも気軽に立ち寄れそうじゃん。
まぁ。それは土地勘の無い俺の意見だから異論の余地があるとしても、何でまた、此花区 のテーマパークを引き合いに出したんだろう。あそこはあそこで並ぶでしょうよ。
「なぁに? お兄ちゃん。ユニバーサージカルジャパンって」
「……サージカルじゃないんだけどまぁいいや。簡単に説明すると、ハリウッド映画とか、有名なゲームのアトラクションを楽しめる、一種の遊園地みたいなもんだな」
「アトラクション?」
「そう。サメが襲いかかってくる池で船に乗るとか、ヒゲのおじさんと一緒にゴーカートっぽいやつに乗って楽しむとか、いろいろあるよ」
「乗るのが多いの?」
「椅子に座って、見て楽しむのもあったよ。今はやってないけど、ターミネーターのショーは劇場みたいな建物の中で見られたんだぜ」
「あ! それ、里香 ちゃんから聞いた事あるよ。『さっさと失 せろ、ベイビー』の映画でしょ」
「そうそう。まだ二作目だってぇのに、いきなり最強クラスの敵キャラが――」
そこまで話すと、運転席に座っていた若い衆の子が、身を乗り出して呼びかけてきた。
「ゆ、柚月はん、柚月はん! 楽しいお話の最中ですんまへんけど、店の前に着きましたさかい……」
「あ。申し訳ない! つい盛り上がっちゃって」
「ハハハ、分かりますわ。実際エエとこですねんもん。お二人も大阪にいてはる間、もし暇があったらUSJにも遊びに行っとくなはれ。夢の国には負けまへんで」
へぇー、そんなに自信があるんだ。
でも、ミオは人だかりのある場所を好まないから、たぶんどっちのテーマパークにも行きたがらないだろうな。
「送迎ありがとうございました。それじゃあ、うまい朝メシを食ってきます」
「おニイさん、ありがとうー」
手を振って礼を言う、無邪気なミオの笑顔に魅了させられたのか、運転手の若い衆さんは、俺らの入店を見送るまで鼻の下を伸ばし切っていた。
結局彼は、ミオを〝お嬢さん〟だと勘違いしたままクルマを停めに行ってしまったわけなんだが、さすがに追いかけてまで誤解をとくのも何だしなぁ。今日はもういいか。
そのうち理解 る日が来るでしょう。
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