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幕間(2) 「楔」の正体(1)
――あれは数日前のこと。
出張先、大阪の仮住まいであるマンスリーマンションのリビングで、ミオと一緒にくつろいでいた時。
俺はうっかり、くちびるを震わすくらいの大きなため息をついてしまった。
「んん? どしたの? お兄ちゃん」
「え? 俺、何かやっちゃった?」
「何かってほどじゃないんだけどー、お兄ちゃんがため息つくの珍しいなぁって思って」
い、いかん! ミオを里子として迎え入れて以来、「この子だけは決して不安にさせてはいけない」という決意を固めていたのに、この体たらくだ。
「あ? ああ、ごめんごめん。ちょっと気が緩 んじゃったのかもだな」
「謝ることじゃないよー。お兄ちゃん、大阪に来てからずっと一人で頑張ってるんだもん。疲れちゃったんじゃないの?」
そう言うやいなや、ミオはうつ伏せに寝転んでいる俺の腰にまたがってきた。
うーん、さすがはショタっ娘ちゃんだ。まだ十歳という幼さに加え、少食な事も相まって、全くの重さを感じさせない。
「あー! お兄ちゃん、やっぱりぃ」
「へ? やっぱりって、何が?」
「背中の筋肉がカチカチだよー。これって疲れてるからでしょ?」
この子にマッサージの才能があるのかどうかは分からないが、前足、もとい、両手で俺の背中をフミフミしながら確かめてくるその様は、まるで甘えたがってる子猫のようだ。
癒やされるなぁ。
「そんなに疲れるほど頑張ったかな? 大阪 へ出張が決まって、超がつくほどの偉い人と仕事の打ち合わせをして、後はマンションと仕事場を借りたくらいじゃん」
「……もぉ、お兄ちゃんってばー。『くらいじゃん』じゃないよぉ」
「ご、ごめんよ。でも、ミオが教えてくれるまでホントに気が付かなったんだ。そんなに筋肉がカチカチだったなんてさ」
「そうなんだ。じゃあ、カチカチに気が付かないくらい、難しい考え事をしてたとか?」
難しい考え事、ねぇ。思い当たるフシがないの? と問われると、実はそうでもない。
「確かに難しくはあるな。言葉の意味と、漢字にして書くことの両方でね」
「えー、なぁにそれ? 魑魅魍魎 とか?」
「いやいやいやいや。そりゃ単純に漢字が難しいってだけじゃん。ミオと一緒にいながら物の怪 の事なんか考えないって」
「違うの? 他に、お兄ちゃんが考えそうな難しい漢字なんてあったかなー」
こうして、自分も一緒に考え事に向き合おうとしてくれる、ミオの優しさが俺は好きだ。とは言え、ちょっと難読漢字の方に引っ張られ気味ではあるから、このさい正直に話してしまおう。
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