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幕間(2) 「楔」の正体(3)
そう。あれは東条会長が、事のあらましを話してくれた時の事だった。なぜ、突然に「予算三億円」という仕事が舞い込んできたのか? その背景を知るためには、避けて通ることはできない、とても重要な話。
「あらかたの話は聞いとるやろけど、要は、留置所におる柚月くんの元彼女に、携帯電話を貸した奴が泣きついてきたんや。それが大阪府警のナンバーツー、副本部長やったっちゅう事でな」
「はい、伺っています。電話を取った僕自身が、録音データを大阪府警に送りましたから」
「本人は酔った勢いや言うとるけど、そもそも酒に酔うた警察官がやな、女の顔見たさで留置所へ遊びに行くんがアウトやねん。あまつさえ、自分の携帯電話を貸すなんて、公私混同どころの話ちゃうやろ」
「仰るとおりですね。ただ、僕自身は、そんなに偉い人が関わっていたとは思いもよりませんでした。一体、あの女性の何に惹 かれたのか……」
「その辺はわしも知らん。ただな、単純にデータが届いただけやったら、あいつも自力でもみ消しができててん」
「え。そうなんですか!? だったら副本部長が、会長におすがりする理由はなくなりますね」
「せやさかいに、君の上司が楔 を刺しよったんや。大阪府の公安委員会にな」
*
――楔。
当時は、その言葉が意味するところは分からなかったが、府警と公安委員会は密接な関係にある。なぜなら、各都道府県に設置された公安委員会は警察行政の監督機関でもあり、「警察の独善化の防止」を管理監督する強い権限を持っているからだ。
あの日、通話の録音データをコピーした俺は、最も頼りになる上司、権藤 課長に相談して、録音データを預かってもらった。今となっては、我ながら不思議なことをしたもんだと思う。
あくまで俺個人の問題として処理するべきだったのに。
ただ、東条会長の話から推察すると、おそらく権藤課長は誰よりも先に、録音データのもみ消しを予見していたのだろう。時系列こそハッキリしないが、課長は公安委員会に同じ録音データを送り、絶対に不正行為のもみ消しができないよう、府警本部を追い詰めていったのである。
それが楔の正体だった。
結果としてその策が奏を功し、いよいよ進退窮 まった府警副本部長は、公安委員会にもツテのある、東条会長に命乞いをしたのだそうだ。
その見返りとして、会長宅にある庭のリフォーム工事に費やす予算を全額持つ事になったのだが、暗喩として「見返りは三◯キロや。三箱よろしゅうにな」と迫られ、仕事そっちのけで金策に東奔西走 したらしい。
要するに、そこまで追い詰められる原因を作ったのは副本部長自身のせいである以上、残念だが俺には同情できないって事。ましてや、まだ幼いミオに金策の話をするなど論外だ。
「ねぇねぇお兄ちゃん。それってどういう意味?」
忌 まわしい部分は極力ぼかしつつ、楔の慣用句に関わる話を続けていると、ミオがフミフミの手を止めて尋ねてきた。
「ん? 『楔を刺す』って事の?」
「んーん、ミカエリの方だよー。三◯キロとか三箱とか、ボクに話してくれたでしょ」
「ああ、そっちの方か。確かにこれも遠回しな言い方だから、ミオには分からないよな」
「うん。それで、ミカエリってだぁれ? 女の子が二人ってこと?」
「えっ!? いやいやいや。そんな生贄 みたいな……」
何だか「見返り」のイントネーションがおかしいなと思ってたら、ミオは、女の子の名前だと勘違いしてたのか。
ミオにとっては、確かに馴染みのない言葉なんだろうけど、今度はしっかり覚えていたキロ数とか、箱数の話とのつじつまが合わなくなるからなあ。
まぁ。こういう天然な発言がちょいちょい出て来るのも、ショタっ娘ちゃんらしくてカワイイよね。
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