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幕間(2) 「楔」の正体(4)
天然ショタっ娘ちゃんのミオに、「見返り」が「ミカエリ」という女子ユニットでない事を噛み砕いて説明できたのはいいが、ホントにややこしいのは、本題の「楔を刺しよった」という慣用句の意味するところは何であるか? という点である。
なぜややこしいのかと言うと、「楔を刺す」の使い方が、「釘を刺す」みたいな念押しと同じ意味であったのなら、府警ではなく、公安委員会に念押しするという行動の妥当性が怪しくなるからだ。
猫ちゃんのごとく甘えるフミフミに満足し、隣へ寝転がってきたミオと一緒に、スマートフォンを使って検索してみる。
「むむ。やっぱり楔を『打ち込む』慣用句の意味とか使い方ばっかりが出てくるなぁ。小さい画面だけど、ミオにも見える?」
「うん、見えるよー」
うつ伏せの姿勢で答えたミオは、お互いのほっぺたがくっつきそうなくらい顔を近づけ、スマートフォンの画面を覗き込んでくる。
あれ? 何だかドキドキするな。いつも同じベッドで眠る習慣がついているのに、今になって距離感を意識してしまうだなんて、一体俺はどうしちまったんだろう。
「ねねね、お兄ちゃん。クサビを打ち込むって、カンヨークの意味を聞いてもいーい?」
「……えっ? あ、ああ、もちろんいいよ」
危ない危ない。胸の高鳴りにばかり気を取られ、うっかりミオの質問を聞き逃すところだった。
「そうだなぁ。今風に説明すると、俺とミオの間に誰かが邪魔をしてきて、俺たちの仲を悪くさせようとする。大体こんな意味だね」
実を言うと、「楔を打ち込む」という慣用句の歴史は古い。だからと言って、「敵陣を分断させる作戦」みたいな意味合いで使われてきた性質上、ウチのショタっ娘ちゃんに、戦争や闘争を想起させるのは好ましくないと判断したのだ。
――が、その配慮が時として裏目に出ることもある。
「えー!? だれ!? ボクとお兄ちゃんの結婚を邪魔する人ってぇー」
案の定、例えに真実味を抱いたらしいミオは、目を大きく見開きつつ俺の腕にしがみつき、存在しない邪魔者の正体を問い確かめてきた。
「ちょ、ちょ、ちょっと待った。今のはただの例え話だから、そんな奴はどこにもいないって」
「むー。ホントにぃ? お兄ちゃん、ときどき香水の匂いつけて帰ってくるでしょ」
「いっ!? 香水?」
さすがはウチの子猫ちゃん、すごい嗅覚だなぁ。俺は全く気が付かなかったぞ。
確かにミオの指摘は正しいんだよ。俺のスーツに残った香水の匂いは、東条会長の美人秘書、京堂 さんのものであるからね。
でも、当の京堂さんはそんなにキツイ香水を使っているわけじゃない。何より俺とミオの恋愛関係を理解し、応援までしてくれているのだから、あの人は邪魔者にすらなり得ないのだ。
もしかすると俺は、例え話のチョイスを間違っちまったのか? だとしたら、誤解を解くのは難しいぞー。スポーツとかになぞらえて説明すればよかったなぁ。
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