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幕間(2) 「楔」の正体(7)

「大切な恋人って、そりゃあもちろん……ミオの事だよ。というか、知ってて聞いてるだろ」 「えへへー。だってお兄ちゃん、あんまり『好き』とかの言葉使わないでしょ? だから聞いてみたくなったの!」  あぁ、この子はホントに乙女だなぁ。確かに、ミオはほぼ毎日「好き」という愛の言葉を投げかけてくれるけど、なにぶんにも俺は照れ屋なものだから、その回数自体は極端に少ない。  ゆえに確証が欲しかったんだろう。自身の事を〝彼女〟として愛してくれているのか、言い方は良くないが、言質(げんち)を取りたかった的な感じで。  とは言え、だぞ。心からミオを好きじゃなきゃ、一緒に暮らしたり、お風呂に入ったり、同じベッドで寝たりしないと思うんだよ。何しろ俺は、実家の両親にも許されただからね。 「で、横取りしようとする奴が佐藤という設定ね。知ってるだろ? 夏祭りの前にデパートで会った、俺の仕事仲間」 「うん。知ってるけど、佐藤さんってボクが好きなの? 男の人でしょ?」 「ん? ああ、確かに男の人だけど……」 「じゃあ、絶対横取りできないよー。ボク、男の人と付き合うつもりはないもん」  え。え。どういう事?  佐藤があっさりフラれたのはどうでも良いとして、その論理に従うならば、ショタっ娘ちゃんのミオを彼女にした俺は〝女性〟になってしまうのでは?  つまり俺とミオの関係は百合(ガールズラブ)なのか?  ……さすがにそのセンは無いでしょうよ。そのセンが無いだけに、尚更どういう意味で「男の人と付き合うつもりがない」と答えたのか、発言の意図を推し測るのが難しい。 「えっと、俺はOKなの? 俺も一応、男の人なんだけど」 「んー? お兄ちゃんはボクの彼氏だから、他の男の人とは別だよ! ボク、お兄ちゃん以外の男の人のこと、絶対好きにならないからー」 「じゃあ、女の子は?」 「普通のオトモダチ。だって里香ちゃんも朋絵(ともえ)ちゃんも、皆みーんな、ボクを男の子だって思ってないもん」  なるほど、その説明でようやく合点がいった。要するにミオは、恋愛に関しては一途で、俺以外の男に魅力を感じないタイプなのだろう。何しろ、およそ四年もの間、再び逢えるまで待っててくれたんだもんな。  しかも、クラスメートの女の子たちからは男の子扱いされてないから、友達より深い仲へ進展する事は無いと、大体そんな感じで自己分析を済ませているわけだ。  まぁ今まで一緒に暮らしてきて、ミオは俺以外の、老若男女を問わず誰にも気を引かれた試しがないから、確かに説得力はあるよね。 「きっと、レニィくんもそうなんじゃない? お兄ちゃんのこと、ずっと恋する瞳で見てたもんね」 「ええ、ホントに?」 「うん。だから浮気しちゃダメだよっ」 「ははは、しないしない……俺もミオ一筋だからさ」  それを聞いたミオは、大喜びで抱きついてきた。しかしまぁ何と言うか、改めてミオへの愛を口にすると、俺はどうやら、耳が火照(ほて)って熱くなるクセがあるらしい。  自分自身を客観的に分析するのも小っ恥ずかしいんだが、心にも無いセリフを口にして、こんな反応が出るわきゃないもんな。 「ちょっと例え話がしっくり来なかったかもだけど、『楔を刺す』って慣用句の意味は大体分かったかな?」 「分かった! ボクがレニィくんに『お兄ちゃん取っちゃダメだからね』って言うことでしょ? すりすりー」  こんな感じで、いつものように甘え続けてはいるが、ちゃんと慣用句の意味は理解してしまったんだから、やっぱり子供は吸収が早いよなぁ。  しかし、恐るべきは権藤課長の驚異的な危機察知能力だ。一体あの人は、何手先まで読んでいるのだろう。  今度、電話でこっそりと尋ねてみるか。

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