863 / 869
63.お魚さん尽くし ミオside(6)
「で、イヌノシタはどのお店に並んでるんだい?」
「こっちだよー。見て見て、あの青いザルに乗っけてあるのがイヌノシタなの」
お兄ちゃんの手を引いて戻って来たお魚屋さんの店先には、さっき見たイヌノシタの他にも、何だか知らない魚が増えたみたい。もしかしたら、ボクがお兄ちゃんを待ってる間に、競 り落とした他の魚を並べたのかも?
「いらっしゃい、お嬢ちゃん。さっきは和音 ちゃんと見学に来てくれとったらしいな」
「ハイ! イヌ、じゃなくてアカシタをもう一度見たくて、今度はお兄ちゃんと来ました! 唐島未央 です」
「どうも、柚月 と申します。先ほどはウチの子がお世話になりまして……」
「いやいや。ワシは仕入れの打ち合わせで店を開けとったさかい、何もしてへんのよ。せやけど、おたくら珍しいな」
「え? 珍しいと申しますと?」
お兄ちゃんは意外そうな顔をしながら、珍しさの意味を聞き返してる。おじさんはもしかして、ボクとお兄ちゃんが付き合ってるのを知ってるのかなー。
でも、男の子が男の人を好きになるって、別に珍しくはないよね? お兄ちゃんが教えてくれた「タヨウセイ」ってこのことだと思うんだけど……。
「ワシらがこんな事言うのも何やけど、卸売市場の見学や言うたら、本場(※)の方が有名やろ? せやさかい、こっちに興味持って来てくれたんが珍しゅうてな」
「ああ、そういう珍しさでしたか。実は先日、東条会長が串本でイトヨリダイを釣ったと伺って、二人でイトヨリダイの料理を食べに行こうって話になったんです」
「ん!? おニイさん……いや、柚月はん。東条会長さんと知り合いなんか?」
「ええ、まぁ、仕事の都合上です。守秘義務があるので詳しくはお話できないんですが、イトヨリダイの煮付け定食なら『昇竜山』さんが一番オイシイとは聞きました」
「せやったんか。ほな、昇竜山をお勧めしてくれたんは、秘書の京堂さんでっしゃろ?」
お兄ちゃんはその質問に、笑顔でうなずいてる。ボクは会ったことないけど、美人の秘書さんだって言ってたよね、キョードーさんって。
ボクも、大人になったら美人になれるかな?
「よう来てくれはりましたな。ココは本場ほど活気が足りひんかもやけど、メシの旨 さと魚介類の品揃えは負けへんさかい、存分に見てっておくんなはれ。お嬢ちゃんも、見るだけならタダやさかいに、あんじょう学んで楽しんでってや」
「はーい!」
「ありがとうございます。では見学の一環ということで、その〝アカシタ〟についてお聞きしても構いませんか?」
「へぃ、喜んで! ワシに分かる事なら、何でもお尋ねしとくんなはれ」
何だかよく分かんないけど、お魚屋さんのおじさんは急にかしこまった感じで、お兄ちゃんに手もみしてる。確かこういう感じを、「コシが低い」って言うんだよね。
「実はウチの子が、アカシタとイヌノシタに違いがあるかどうかを知りたがってたんです。ね、ミオ」
「うん! あのぉ、ボクがいつも読んでるお魚図鑑だと、イヌノシタの別名にアカシタって書いてあったんですけど、アカシタは、赤舌平目とは別の魚ですよね?」
ボクがそう聞くと、おじさんは不思議そうな顔で、大きく開いた目をパチパチさせながら、「イヌノシタ?」って聞き返してきた。
んん? どうしたんだろ。もしかしたら、イヌノシタって名前に聞きなじみがなくて、変な質問になっちゃったのかなぁ。
※……大阪市中央卸売市場本場。所在地は大阪市福島区。
ともだちにシェアしよう!

