864 / 869
63.お魚さん尽くし ミオside(7)
「えっと……イヌノシタっちゅうのは……言うて同じウシノシタ科やさかい……」
お魚屋さんはそこまで言った後、アゴに手を当てて、何かを考えはじめたみたい。どうしたんだろ?
ボクがいつも読んでる図鑑には別の魚だって書いてあったはずなんだけど、もしかして大阪は、イヌノシタも赤舌平目 も、全部同じ名前で売ってるってことだったりするのかなぁ。
「なるほど、これは確かにややこしい問題だね。ミオ、まずは魚体の色を見てみようか」
「ギョタイ? イヌノシタの色?」
「そう。このお店で売ってる〝アカシタ〟こと、イヌノシタの魚体は茶色だろ?」
「うん。普通のカレイとかヒラメに似てるねー」
「ご主人。少なくともここの卸売市場では、イヌノシタの事をアカシタと呼んでいるんですよね?」
「へぇ、まぁ……」
お魚屋さんの、自信がなさそうな返事を聞いたお兄ちゃんは、スマートフォンを取り出して、何かをシャーシャーしてる。
今日もすごくかっこいい、お兄ちゃんの真面目な顔!
里香 ちゃんたちから誘われた恋バナで、「彼女が彼氏にときめく瞬間」を色々聞いたことあるけど、ボクにとってはこの時が一番ときめいてるかも。
「では、この魚はどういう名前で流通していますか?」
んん? お兄ちゃんが見せたスマートフォンには、赤いイヌノシタみたいな魚が映ってる。色は違うけど、見た目はほとんど同じだから、これが赤舌平目なのかな?
「いや、それがそのぉ。ぶっちゃけてもうたら、それもアカシタ言う名前で扱 うてますねん」
「え! なんで!?」
「はは、まあそういう反応になるよな。ミオ、これはね、魚の地方名ってやつが生み出した落とし穴なんだよ」
「んんん? よく分かんなーい。地方名って、住んでるとこによって魚の名前が違うってことだよね。でも、どうしてその魚もアカシタになるの?」
「――というのが疑問の核心です、ご主人。察するところ、複雑な事情が絡み合っているみたいですね」
お兄ちゃんが笑って聞くと、お魚屋さんはアゴに手を当てたまま、ニガニガしそうな笑い顔で答えてた。
「いやぁ、さすがは東条会長に見込まれたお人ですわ。よろしおま! ワシもこの業界でメシ食うてきた人間や。お嬢ちゃんの疑問、全部解かさしてもらいまっせ」
「ありがとうございます。じゃ、ミオ。改めて質問させてもらってごらん」
「うん!」
*
「柚月 はん、お嬢ちゃん、毎度おおきに。せやけど、こないぎょうさん買うてもろたら、かえって申し訳ないっちゅうか……」
「いえいえ。貴重な時間を割いてもらってますから。それに僕たちは魚料理が好きだし、きっとこれは、良いご縁だったんでしょうね」
「おじさん、ありがとうございました! イヌノシタのこと、すごく勉強になりました」
「わははは。ワシの持っとる知識がお嬢ちゃんの役に立つ日が来るなんて、夢にも思わなんだわ。熱心に話聞いてくれとったし、将来はきっと、エエ魚屋さんになれるでぇ」
ボクがお魚屋さん? 大きくなったら?
毎日、オイシイ魚料理が食べられるなら、それもいいかも知れないけど……せっかくなら、自分で釣った魚を食べたいかなぁ。
結局、お魚屋さんには女の子と間違われたままだったけど、イヌノシタとアカシタビラメの違いがハッキリして良かった!
ともだちにシェアしよう!

