865 / 869

63.お魚さん尽くし ミオside(8)

「ねぇお兄ちゃん。お魚屋さんも知らなかったけど、どうしてアカシタビラメをアオシタって呼んでるの? アオシタなら青くないと変じゃない?」 「確かにな。でも、地方で付けられた別名なんていい加減なもんだぜ」 「えー? 例えば?」 「例えばイヌノシタだってそうだろ。イヌノシタは犬のベロに見えるって言うのが由来なんだって言うけど、色なんかお構いなしじゃん」 「あ! そーだね。ワンちゃんの舌って茶色じゃないし……」 「実はさ、ここでミオに会うまで、スマートフォンで色々調べてみたんだ。けど、複雑になるばっかりでさ。カレイ目なのに『アカシタシタビラメ』って呼んでるのも変だし」  えっ? お兄ちゃんでも知らない事があるの? って思ったけど、よく考えると普通に難しいよね。大阪でお魚屋さんをやってる人にだって分かんないんだもん。 「結局、市場で仕事している人たちがアカシタビラメをアオシタって呼ぶ理由も、『昔の偉い人がイヌノシタと取り違って分類しちゃった』って推測しか残ってないんだよ。だからますます、アオシタ(青シタ)の説明がつかない」 「ほぇー、そうなんだ! でも、そのお話を聞いたら納得できるかもだよ。青くなくても青い色をつけるのって、アオウミガメでもそうだったでしょ?」 「あぁ、確かに。って事は、やっぱり大阪では、イヌノシタとアカシタビラメを取り違って分類した説が最有力なんだろうね」  お兄ちゃんはアゴに手を当てて、何か考えごとをしてるみたい。赤と青を名付け間違ったのは分かったけど、やっぱりまだ、さっき言ってた「カレイ目なのに……」のムジュンが気になるのかも。  せっかく市場見学デートに来たんだし、お兄ちゃんと、色んなお魚のお話してみたいなー。 「ねぇねぇお兄ちゃん。ヒラメとカレイの違いって、どっちに顔が付いてるのかを見れば分かるんだよね?」 「ああ、そうだね。よく、標語のように言われるのが『左ヒラメに右カレイ』でさ。例えばまな板の上に、ヒラメとカレイをそれぞれ、お腹を下に向けて並べてみるとしよう」 「うんうん」 「その時、向かって左側に顔があるのがヒラメで、右にあるのがカレイ。それを短くまとめたのがさっきの見分け方なんだよ」 「へぇー。他にも見分け方はあるの?」 「あるよ。例えば口なんかがそうだな。ヒラメは歯が鋭いし、大きく開くから判別がつけやすいってのもあるよね」 「歯が鋭いって、タチウオくらい?」 「そこまで鋭くないかな。まぁとにかく、仮に右側に顔があるヒラメが釣れたとしても、口さえ開ければすぐに分かるって事さ」  やっぱりお兄ちゃんは何でも知ってる!  ボクの知りたいことを、分かりやすく、いっぱい教えてくれる優しいお兄ちゃん。お魚図鑑いらずだねー。 「じゃあ、さっきお魚屋さんで買ったアカシタビラメは、ホントはカレイなのかな? だって、顔は右の方にあるもんね」 「それが〝どっちでもない〟らしいんだよ。アカシタビラメはウシノシタ科、つまり牛のベロっぽく見える魚の仲間だなんだけど、便宜上(べんぎじょう)そう名付けただけってのが真相みたいでね」  んん? ベンギジョウ? ベン・ギジョウ? ベンギジ? 「あ、ミオ。その顔は何かを考えてるな? この場合の〝便宜上〟ってのはね、そうした方が都合がいい……みたいな意味で考えるといいよ」 「そうなの? でも、顔はカレイの方を向いてるんだから、名前はアカシタガレイでも良くない?」 「確かにね。ただ標準和名に限っては、こういう大昔の本に(なら)って、呼び方を統一した方が何かと都合が良かったんじゃないかな」  そう答えて見せてくれたお兄ちゃんのスマートフォンには、すごく古そうな本に、カタカナで「ウシノシタガレイ」って書かれた魚の絵が載ってた(※)。  でも、ウシノシタもカレイじゃないし、アカシタビラメの仲間っぽいから、こっちの名前はヒョウジュンにはならなかったんだねー。  お兄ちゃんが来てくれたおかげで、またひとつ、お勉強になっちゃった!  ※参考文献……『魚譜』、吉田雀巣庵《よしだじゃくそうあん》(平九郎)著

ともだちにシェアしよう!