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62.お魚さん尽くし(12)
「ねね、お兄ちゃん。お兄ちゃんが、さっきお魚屋さんで買ったのってアカシタビラメだよね?」
いつものごとく俺の腕に抱きついて甘えながら、ミオが問い確かめるように尋ねてきた。
「そうだよ。実は食堂のおカミさんがさ、お昼ご飯には〝舌平目 のムニエル〟を作ってくれるってんで買ってきたんだ」
「ほぇ、ムニエル? それってどういう意味?」
「え! そ、その問いはなかなか深いテーマだね」
というのも、俺のような凡人は舌平目のムニエルが何なのか見知ってはいるものの、「ムニエルという言葉の意味」にまで踏み込んで調べた機会がほとんど無いからだ。
こういった類の質問は幼少時代のトーマス・エジソンが抱いたそれと類似性があり、ミオの知識欲がもっと深いところにあるという証でもある。
かような疑問に対して、面倒くさいと突き放すのは個々人の自由だが、ウチの子猫ちゃんは、そうやって学ぶことを止めた人間に懐 くことは生涯ないだろう。
なぜならミオは、考え続ける葦 こそが、いかに貴 い存在なのかを理解しているからだ。
「いや……待てよ。ムニエルって、確かフランス語じゃなかったか?」
「フランス語?」
「うん、今思い出したよ。といっても、フランス料理が好きな取引先のおじさんから聞いた話なんだけどさ」
「そうなんだ! でも英語と違って、お名前からは想像がつかないねー」
「確かにな。まぁ、どこの言葉も読み書きは難しいもんさ。例えばムニエルを本場のフランス語で言い表すと、ア・ラ・ムニエールって呼ぶんだけど、このア・ラ・は、あらかじめ『女の人』だと断っておく言葉でね」
「ふむふむ?」
「ざっくり訳すると、ア・ラ・ムニエールは『粉屋のおカミさん』的な意味になるんだよ」
そこまで話してミオの顔を覗き込むと、首を傾げて何かを考えているようだった。その様子から察するに、まだなーんとなく、得心のいかない部分があるみたいだ。
それが何なのかはともかく、この子が秘める知識欲は、およそ同じ年頃の子らとは一線を画 す性質のものである以上、適当にいなしてはお互いの為にならないだろう。
「なるほどー。ムニエルがフランス語なのは分かったけど、どうして『粉屋のおカミさん』なの? おばさんが作ってるってこと?」
……ははは、まぁそうなるよな。
ミオの解釈から察するに、図らずも、さっき話した「食堂のおカミさんにムニエルを作ってもらえる」という話に引っ張られてしまったようだ。
こういう真っ直ぐな天然さも、またこの子らしくてカワイイんだけどね。
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