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62.お魚さん尽くし(14)
「お兄ちゃん、見て見て! カブトガニがいるよー」
――他方、逢引 だの逢瀬 だのといった裏の顔を知らないショタっ娘ちゃんは、眼前の水槽でジッとしている節足動物に興味しんしんのようだ。
「へぇ、ホントだ。今どき、カブトガニを飼育するミニ水族館があるなんて珍しいな」
「そうなの?」
「実はそうなんだよ。ネットで探せば幾つかは見つかるけど、そのためには県境を超えなきゃいけなくてね。ここ大阪からでさえ、お隣の兵庫県か和歌山県にでも行かなきゃ、飼育してるカブトガニにはお目にかかれないだろうし」
さながら地域情報誌のような俺の答えを聞いて、「ほぇー」という声をあげたミオの心境を推し量るに、その事に驚いたというよりも、不思議でならないようだ。
厳密には、大阪府内でもカブトガニを見られるスポットはある。ただし、そこは生きたカブトガニを見られる場所であるか? という質問に対しては、言葉を濁さざるを得ない。
なぜならば、府内で有名な某スポットとて、現時点でカブトガニがいるか否かの口コミが出回っていないからだ。肩透かしを食らってグッズだけ買っても仕方ないし。
かような事情を鑑みると、むしろ、この卸売市場の敷地内に存在するミニ水族館こそが、きわめて珍しい場所のように思えてくるのである。
「いち、にぃ……全部で四匹いるけど、皆 おとなしくしてるねー」
「うん。ここは水温と水質がしっかり管理されてるみたいだし、たぶん餌にも困ってないんじゃないか?」
「あー、そっか! だからおとなしいんだ!」
「ややや、〝たぶん〟ね? ホントにたぶんの話」
と、念入りに断りを入れておいた。
何しろ初めて訪れた場所である事に加え、カブトガニ四匹を同時に飼育するという環境自体にも縁が無かったものだから、まだハッキリと答えられる根拠を持たないのだ。
生息数の激減が深刻化している昨今、俺たちのような一般人には、国内に生息するカブトガニの飼育はおろか、捕獲でさえ許されないのが現状である。
各地方自治体が定めた条例なども踏まえると、尚更この状況が不思議になってくる。もしかすると、この水族館は東条会長の息がかかった、カブトガニの繁殖を担う施設の一部なのかも知れない。
「ねぇねぇ、カブトガニのエサってどんなの?」
「生きてるものなら、割と何でも食うよ。釣り餌にもなる石ゴカイ(※)は有名だけど、大阪湾で水揚げされた魚介類を餌にしてるんなら、たぶん小さい魚とかイカあたりじゃないか?」
「え!? イカって食べられるの? すばしっこくて逃げられない?」
「まぁそんなイメージにはなるよね。これだけおとなしいと……」
カブトガニに限った話ではないが、アクリル製の天板が張られている水槽は、子供の背丈では覗き込みにくい。なので、俺はミオのおねだりを待つまでもなく抱き上げてみた。
「どう? 見えやすくなったかい?」
「うん、ありがと! でもカブトガニ、どれもあんまり動かないねー」
「な。実を言うと、俺も生で素早く動くところを見た事が無いんだよ。ホントにイカなんて食えるのかなぁ」
「むむむー。もしかして、目で追ってるのかも?」
「お! 鋭いところに目をつけたねぇ。ここに来て新説が誕生するのかな?」
――なんて期待に胸を膨らませていたところ、ミオが水槽の底に転がるイカの切り身を見つけた事により、「そりゃそうだよね」という多少ガッカリな結論へとたどり着くのであった。
※……主に関西地方の名称。関東においては「ジャリメ」や「砂イソメ」など。
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