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62.お魚さん尽くし(20)

「悪いけど、そんなケンカは買わないよ。一言でも応じれば決闘罪になるからな」 「あ!? 何を眠たいこと抜かしとんじゃコラァ!! 男なら受けて立たんかい!」  無茶苦茶言ってんなぁ。決闘罪なんて、一方的にケンカを売ってきただけでも成立するケースがあるってのに、酒の力は、こうまで人の判断力を鈍らせるのか。 「あのなぁ。何がどうなったら、俺を投げまくるって話になるんだよ。暴力を止めに来た相手を、また暴力で黙らせようってのか?」 「せやから、ケンカ売ったるねん言うとるやろが。ガタガタ抜かしてんと、はよ力で勝負させんかい!」 「買ってもらえないケンカはただの暴行傷害だぞ。あんたの得意な柔道は、弱いものイジメのために使うもんじゃないだろ」  こういった正論も、通じるか否かは相手によりけりだ。少なくとも今の鷹野にとっては、イライラが(つの)るだけの屁理屈にしか聞こえないのだろう。  まぁこの際、屁理屈だろうが何だろうが、どうだっていい事だ。こんな感じで、少しでも足止めして時を稼いでおけば、いずれは警察が駆けつけてるはずなのだから。 「さよけ! ほなケンカやのうて、オレとお前の〝乱取(らんど)り〟ちう事で柔道やろやないか。分かるか? らんどりぃーや、ランドリィー」  ……ダメだこりゃ。  ベロベロに酔ってるせいなのか、もともと気性が荒いのか知らないけど、こうまで好戦的だと、さすがの俺でも手に余る。 「しつこいなぁ。ランドリー(洗濯室)だろうが乾燥室だろうが、俺に戦うつもりはないっての」  言い返しながら立ち位置を調整していると、背後から、複数人の笑い声が漏れ聞こえてきた。どうやら、鷹野(たかの)の言い放ったランドリィーを逆手に取ってネタにした事が、食堂の店主さんたちに笑いをもたらしたようだ。  ただ、当の鷹野にとっては、俺への怒りを増幅させる燃料にしかならなかったらしい。さっきまで争っていた相手に笑われたのが引き金となり、(なか)ば八つ当たり的に突進してきたのである。 「おどれら、笑うなやアァァァァ!!」  もはや、俺は笑ってないだろ……なんて言い返す余裕は無かった。理性を失った相手が突進しつつ仕掛ける柔道技は何か、即座に判断しなければならない。  無傷の正当防衛を果たすために。  俺の足を取るなら〝朽木倒(くちきたおし)〟か? いや待てよ、さっきは組み技を狙っていたから、あるいは〝小外掛(こそとがけ)〟? 「お兄ちゃーん! 来たよー!」  鷹野の出方を探っていると、ミオの呼びかけが耳に届いた。どうやらあの子たちは作戦通り、食堂の店主さんたちの集まりへと駆け寄り、無事に保護されたようだ。  思いもよらぬショタっ娘ちゃんのキュートな声に動揺したのか、これ見よがしに左足を振り上げる、鷹野の姿勢が少し揺らいだ。分かった、あいつの狙いは大外刈(おおそとがり)の応用だ! 「一本取ったら食堂直行でメシじゃ!」 「この分からず屋が、いい加減に頭を冷やせ!」  ミオと約束した以上、スリ傷たりともケガをするわけにはいかない。バレバレな刈足をかわした俺は、さらに姿勢を崩した鷹野の左腕を取り、小手投げの要領で転がした。  意表を突かれて投げ転がされた鷹野の行方は、積み上げられた発泡スチロールの山。仮に倒されるにせよ何にせよ、とにかく衝撃を吸収できそうな緩衝材(かんしょうざい)を確保するべく背後に気を配っていた結果、鷹野をも助ける役目を果たしたのである。 「お、おんどれぇ。一体、何しくさった?」 「あんたが見え見えの大外刈で突っ込んで来るから、その力を利用して避けただけだよ。右の軸足を支えきれなきゃ、こうなるのは分かってた事だろ」 「素人言うんは嘘やったんかい……どこまでも……卑怯なやっちゃ」  そう吐き捨てるや否や、鷹野は発泡スチロールに埋もれたまま、目を閉じて大いびきをかき始めた。その幸せそうな寝顔から察するに、どうやら暴れ回って満足したらしい。  ホント、何かと世話のやけるおじさんだよ。

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