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63.初めて尽くしのお泊まりデート(1)

「ねぇねぇ。お兄ちゃんってジュードーが強かったの?」  卸売市場での一件を京堂さんに報告し、さらに幾日か経った週末の午後。  たくさんの荷物を載せたレンタカーを駆って、大阪の中東部あたりにある宿泊施設へ向かうその最中、ミオがあの時を思い出したかのように問い確かめてきた。  この子から見れば、いかに泥酔していたとはいえ、柔道の有段者を結果的に無力化させた事実は動かない。だからこそ、俺もあの男と同じくらい柔道をやり込んでいたのでは? という推測に至ったのだろう。 「はは、強くなんかないさ。体育の授業で柔道を勉強したから、ある程度の技は覚えていたけどね」 「そうなんだ! だから、あのオジサンが何をしてくるか、お兄ちゃんには分かってたの?」 「ホントにある程度ね。授業の練習試合とは比べ物にならない相手だし、ちょっとかじった程度じゃあ、何をしてくるか予想するのは無理だっただろうな」  その言葉の意味するところを説明するにあたり、あくまで俺、柚月義弘(ゆづきよしひろ)という一個人が蓄え続けた、知識と経験に基づく戦力分析だった……という前置きが必要になる。  例えば体育の授業で柔道を習う場合、中学にせよ高校にせよ、一年間みっちり稽古(けいこ)をするわけではない。さらに、受け身の練習にも相応の時間を割くため、素人が覚えられる組み技が少ないのは当然の帰結だった。  それゆえに、練習試合においては、寝技よりも見栄えのいい〝背負投(せおいなげ)〟や〝体落(たいおとし)〟にばかり固執して、カッコよく一本を取りたがる奴が多かったのだ。  俺はその、見栄えにこだわった背負投を逆手に取って、〝裏投(うらなげ)〟(プロレスで見たバックドロップの応用)で切り返し、一本をもぎ取った事がある。  ただ、そういう返し技の類は、体育教師のカリキュラムには含まれていなかったのも事実である。つまり、鷹野をいなした小手投げの応用も、相手の知らない技を使ったという意味では共通しているわけだ。 「ふーん。じゃあ、お兄ちゃんがあのオジサンを投げたのは、ジュードーの他にも雑学でお勉強してたからってこと?」 「まぁ、平たく言うとそうなるけど、決め手になったのは、あのオジサンが酔っ払いすぎて、雑な柔道をやっちまったせいだろうな」  その雑さに拍車をかけたのは、ミオが食堂の店主さんたちに保護された時、俺に向けて発したあのカワイイ声。あれが結果的に、鷹野の心をかき乱したのは疑う余地もないだろう。  ただ、かような結果の裏を返すと、複合的な条件が満たされていなければ、あの時、強烈な大外刈の餌食になっていたのは、他ならぬ俺だった蓋然性(がいぜんせい)も否定できない。  俺が柔道やプロレス、そして相撲に詳しいのは、そういった「複合的な条件」の一つにしか過ぎなかった。だからこそ俺は、自分の力だけでどうこうできたという自負を持たない。 「――こうやって振り返ると、あの時、三人で考えた作戦は、ミオたちのおかげで成功したのかも知れないね」 「そうなの? でもぉ、ボクも和音(かずね)お姉ちゃんも、お店の人たちのとこに走ってって、守ってもらっただけだよー」 「ふふ、だからこそさ。今だから言うけど、あの時に立てた作戦の目的は、三人で戦う事じゃなくてね。とにかく、ミオと和音さんを逃がす事さえできれば良かったんだ」 「えー!? もう、お兄ちゃんってば優しすぎるよぉ。…………そんなとこが大好きなんだけど」  頬を赤らめながら、小声で愛をささやくミオの横顔を見た俺は、思わずニヤけてしまった。恋愛経験が少ないから断言はできないんだが、これが俗に言う、惚気(のろけ)というやつなんだと思う。  今日から数日間は、そんな愛おしいショタっ娘ちゃんと、二人っきりのお泊まりデートを楽しむ予定だ。もっともミオにとっては、広大なコテージよりも、初めての川釣りの方にこそ興味津々(きょうみしんしん)のようだけど。  食べられる魚が釣れるといいねぇ。

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