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63.初めて尽くしのお泊まりデート(4)

「……で、だ。このコテージが、俺たちの泊まる一等洋室らしいんだけど」 「えー、これ全部!? でもお兄ちゃん、ここって二階建てのお家だよ?」  今日から五連泊するコテージの鍵を開け、ほのかな紫檀(したん)の香り漂う室内へと足を踏み入れた俺たちは、あまりの広さに言葉を失ってしまった。  コテージで、しかも一等というくらいだから、ある程度の規模と豪華さは予想していたものの、これじゃホントに貸別荘だよ。 「いいのかなぁ、こんなにデカいコテージを二人っきりで使っても」 「ね! ウサちゃんのお部屋を作っても、まだ他にもいっぱいあるー」 「確かに……って、おいおい。ここテレビまで置いてるじゃん。ちゃんと映るのかな?」  近年でこそ、テレビ番組に代わるネット配信が台頭してきたから、視聴コンテンツという娯楽にこそ事欠かないんだが、こういう山間に建てられた宿泊施設の中じゃあ、通信を維持できるか否かは(はなは)だ疑問である。  万が一、俺たちの持つスマートフォンが電波の都合で使えない場合、天気の予報などを知る手段として、テレビを参考にできる。そんな可能性がここにはあるわけだ。 「あ。映ったけど、この番組は初めて見るかも。見たことのないおじさんが、『私が市長です』って言ってるよ?」  ええー。そんな古のロールプレイングゲームみたいな、同じ事を繰り返し続けるおじさんさながらのセリフから始まる番組って、ホントに存在するのか?  少し不安になったので、ミオを抱っこしながらふかふかなソファーに腰掛け、あれやこれやとザッピングしてみると、どうやらここら一帯は、柏原市に隣接する奈良県の番組まで受信しているらしい。なるほど、だから奈良県側の市長が出てきたんだね。 「ねぇねぇお兄ちゃん、奈良県って魚釣りはできるの?」 「うーん、できない事はないんだけど、奈良は〝海無し県〟として有名だから、少なくとも県内で海の魚を釣るのは無理だな。だから川魚とか、ダムやら沼でブラックバスを釣って楽しむくらいがせいぜいじゃないか?」  とまで話したところ、抱っこされたままのミオが、さも残念そうに俺の顔を見上げてきた。  まぁ、言わんとするところは分かるよ。キャッチ・アンド・イートが信条のミオにとって、ブラックバスに代表される淡水魚らを釣る人は、一体何を楽しみにしているの? みたいな質問をぶつけたくなるのだろう。  ブラックバスは皮が悪臭を放つけど、丁寧に下処理をすりゃ食べられるとか、もはやそういう次元の問題ではない。念入りな下処理が大前提の魚を食べるどころか、釣っては逃がすことを延々と繰り返す事に疑問符が付いている、そんな状態。  要するにミオは、いつの間にか確立された〝スポーツフィッシング〟には全く興味を示していないわけだ。  何にしてもそうだが、個人の趣味は法にさえ触れなければ原則として自由なのだから、ミオのように食べて血肉にする人もいれば、その対極として、純粋に魚との駆け引にこそ刺激を見出す人もいるのだろう。  ゆえに、互いの釣りスタイルを否定したり、妨害したりするのは、およそ健全な釣り人のあり方だとは言えない。自身の考えを押し付け合うよりも、棲み分けに徹する事こそが、現在なし得る平和的な解決法なのである。 「ミオ。ブラックバスの事は忘れて、お昼にしよっか。今日の弁当は、シタビラメのムニエルだぜ」 「うん! 食べよ食べよー」  実はこの弁当、先日、卸売市場で知り合った和音(かずね)さんのご両親が経営する食堂、『昇竜山』のご厚意による頂き物である。  今朝の出発前。「世話になったお礼に」と、わざわざ使いをよこす形で届けに来てくれたのだ。  俺たちとしては、コテージの無料宿泊券を譲り受けただけでも充分だったのだが、ここまで至れり尽くせりしてもらった事から察するに、よほどあの卸売市場は、鷹野というタチの悪い酔っ払いに手を焼いていたのだろう。 「うん、うまい! 身はホクホクだし、塩コショウで程よい味付けもしてあるから、白飯にはぴったりだな」 「ホントだねー。でも、お弁当のおかずに〝むにえる〟が入ってるのって初めて見るかも」  ミオはそう言うと、細かく切ったムニエルを箸でつまみ上げ、あらゆる角度から観察し始めた。その様子から察するに、たぶんこの子は、ムニエルという料理を和食に当てはめるならば、何が最も近いのかを想像しているに違いない。 「むむー……もしかしたら、〝むにえる〟はやわらか天ぷらなのかな?」 「やわらか天ぷらかい? でも、ムニエルを包んでるのは薄い小麦粉だけだぜ」 「そうなの? じゃあ、オリーブオイルを小麦粉で包んだ塩焼きかなぁ」 「ああ、塩焼きか。それはいい例えかも知れないね」  実はというか今更というか、俺も料理に関してはほぼ素人なので、この子が納得する答えを持たない。ただ、調理の過程などから導き出すと、ミオが推測した通り、「小麦粉で包んだシタビラメの洋風塩焼き」あたりが最も近いように思える。  だったら、ここで変に雑学を持ち出して、「ムニエルを意訳すると、〝粉屋の嫁さん風〟あたりが近い料理名なんだよ」などと説明しても、ピンと来なくなるのは想像に難くない。  いつもは少食なミオが、とても幸せそうにシタビラメの塩焼きを食べ進めている。そんな微笑ましい光景を見る事ができているのなら、今はもう、雑学のお勉強はしなくてもいいんじゃないかな。

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