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第1章 現在(2)

「矢野さんは? ここ料理余ってるから、箸と皿持ってくれば?」 「いえ、もうお腹一杯で。ありがとう」  とはいえ、もともと親しくないから会話のネタもない。高志は料理を口に運びつつ、あかりの言葉を待った。 「藤代くん、卒論は順調ですか?」 「ああ、もう目処はついた感じ。矢野さんは?」 「私も。年明けに教授に最終確認してもらって、問題なければそのまま提出します」 「へえ」  相槌を打つ。箸を置き、ジョッキを手に取る。 「……藤代くん」 「ん?」 「……少し話してもいいですか」 「え、うん」  遠慮がちに聞いてくるあかりに、高志は何も考えずに返事をした。今までの付き合いの薄さのせいであかりの話す内容は見当がつかなかったが、何か口にしにくい話題なのだろうということは察しがついた。 「いいよ。何?」 「あの……すみません、ちょっと変な話なんですけど」 「うん」 「あの……」  あかりはしばらく俯き、意を決したように顔を上げ何かを言いかけるも、言葉にならずにまた俯く。前置きした上に更に言い惑うあかりを横目に見ながら、高志は急かすことはせず、黙ってジョッキに口をつけた。 「あの」  何回目かで、ようやく口を開く。  あかりが手を添えて高志の耳元に顔を近付けてくるので、高志はジョッキを口につけたまま心持ちそちらに体を傾けた。 「私、処女なんです」  ぐぎゅ、とおかしな感じで飲んだビールが気管の方に入り、高志は盛大に咳き込んだ。あかりが慌てた感じで、すみません、ごめんなさい、と繰り返した。 「……え?」  数十秒かかってようやく話せるようになってから、高志はおそるおそる聞き直した。聞き間違えたはずはないが、しかしその内容はあかりの口から出たとはとても思えない。 「ごめんなさい、変なこと言って、順番を間違えました。あの、違うんです、あの」  あかりは慌てた様子で矢継ぎ早に言葉を発する。 「私、あの、そういう訳なので本当にお話しできるようなことが何もなくて、申し訳ないんですけど」 「いや、話さなくていいし」  何なんだ。まさか今から自分と下ネタでも話すつもりだったのか。 「あ、じゃなくてあの」  さっきよりも顔に赤みのさしたあかりが、必死に言葉を続ける。 「だから、私からお話しできることがないのに本当に申し訳ないんですけど、あの……少しだけ、お聞きしてもいいでしょうか」  その台詞を聞いて、高志は真顔になった。 ――そういうことか。 「俺、ゲイじゃないから」  視線を逸らし、淡々とそう言ってからまたビールを飲む。あかりは頷き、 「ではバイですか」 と返してくる。その戸惑いのなさで、図らずも自分の返答が彼女の話の内容と正しく合致していたと分かった。  そして、答えに詰まった。  自分はバイセクシャルなのか。その質問はつまり、異性だけでなく同性とも恋愛できるのかということだ。  それについて、一言で返答することは難しかった。今までずっと何度も自問していたもの。そうだとも違うとも言い切ることができない。 「……分からない」  視線を逸らしたまま、手元のジョッキを見て、高志はそう答えた。

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