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第3章 一年次・6月(4)
「藤代は夏休みも部活あるんだろ?」
「ある。あとバイト。夏休み中に稼いでおかないとやばい」
「お前はいつも忙しいなー」
普段の高志は、平日は授業と柔道部でアルバイトする時間がない。土曜日も部活があり、日曜日は遥香と会うことにしていたため、前期は春休みの短期バイトで稼いだ資金や貯金を遣いながら過ごしていた。
「細谷は? すぐに実家帰んの?」
「いや、8月に入ってからにした」
「へえ。ああ、伊崎さん?」
「そう。8月の頭に花火見に行きたいらしい」
それはおそらく、この辺りでは有名な花火大会のことだろう。高志も遥香と行く約束をしていたので、茂にそう伝える。
「じゃあ向こうで会うかもな」
「いやー、あの人混みじゃ無理じゃないか」
「あ、そっか、藤代は地元だから行ったことあるんだな」
「そう。ひどいから覚悟して行けよ」
「りょーかい」
話しながら、もうすっかり彼氏って感じだな、と高志は思った。彼女の希望を叶えるために帰省の予定をずらす、彼女思いの彼氏。そう言うとまた茂が変に照れそうなので、口には出さない。
「こっちに戻ってくるのも早め?」
「いや、帰りはぎりぎり。授業始まる日の前日かな」
さすがにそこは実家を優先するのか、と思ったのが伝わったらしく、
「佳代ちゃんも、俺がいない間はめっちゃバイトするんだって」
と茂が言った。
またもや出た彼氏発言をスルーできず、つい茂の方を見てしまったが、茂は自分の言葉を全く意識していない様子だ。「すごいな」と高志は思わず言った。
「え? 何が?」
茂がきょとんと聞き返す。
「いや、何でもない。前日ってすごいな」
高志はそう言って適当にごまかした。
夕食の後、茂が最初に選んだのは高志でも名前を知っているレーシングゲームだった。初心者向けだと思ったのだろう。コントローラーを持ってテレビの前に並んで座る。茂は何本目かのビールを横に置いている。高志は一本だけでやめて、今は炭酸飲料を飲んでいた。
夏休みに入ると、遥香に会う機会がいつもより増えることになる。今まで週に一回程度しか会えなかったことを考えると、高志は今から楽しみだった。一方で茂と佳代は一か月半ほど会わないことになるはずで、茂はどうかよく分からないけど、佳代の方は少なからず辛いのではないかと推測する。
さっきの感じでは、茂はそれほど淋しいとも思っていないようだった。もちろん、今は離れていてもコミュニケーションを取る方法はいくらでもあるが、それでも直接会うのとは全く違う。あるいは、いざ離れてみて初めて茂も淋しさを実感することになるのだろうか。
別のことを考えている高志に茂が色々とやり方を教えてくれ、それからゲームをスタートした。明るいBGMが流れてくる。
「そこで加速だよ加速」
「やってるんだけど」
いざやってみると、教えてもらったとおりにやっているつもりなのに、高志の方は全くスピードが上がらず、どんどん茂に置いていかれる。それを見た茂は爆笑していた。何回やっても同じだった。
「別のやる? あ、ぷよぷよとかやったことある?」
「ないけど、名前は知ってる」
「やってみる?」
「俺とだと勝負にならないんじゃないか」
「対戦じゃなくて、一人モードで交代でやろ」
そう言って茂はゲーム機を入れ替え始めた。さっきのも今回のも、おそらく高志が知っていそうなゲームを選んでくれているのだろう。
「はい。まず練習な」
セッティングを終えた茂からコントローラーを受け取る。
「これで回転、これで落下」
操作方法の説明を受け、それから実際に画面を見ながら動かしてみる。
「そうそう。あ、そのもう一つ右で落としてみ。それでちぎる。それでそこに……それで連鎖」
茂に教えられるまま動かしているうちに、ある程度やり方を理解する。
「何となくわかった」
「んじゃやるか」
順番なので茂にコントローラーを返そうとすると、「段々難しくなるから、初めは藤代から」と言うので、「見本を見せろ」と言ってコントローラーを押し付けた。
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