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第8章 二年次・4月(3)

 その後、午後の授業に出るために大教室に移動した時、茂の違和感の原因らしきものが判明した。  茂が売店に寄ってから行くと言うので、高志は先に教室に向かった。茂と高志は教室後方の窓側に座ることが多い。扇形に広がる階段状の座席はまだそれほど埋まっておらず、高志は今日もいつも座る辺りに席を取った。  そのまま見るともなく入り口の方を見ていると、ほどなく茂が戻ってきた。すぐに高志を見付け、こちらに向かってくる。そして何人か学生が後に続き、更にその後ろから佳代も入ってきたのが見えた。今日は友達と一緒ではなく、一人のようだ。入ってすぐに通路を折れ、前方に歩いていく。 「あれ」 「何?」  高志が佳代の方を見ていると、辿り着いた茂も高志が見ている方向を振り返った。 「伊崎さんだよな。お前に気付かなかったらしい」 「佳代ちゃん?」  視線の先では、いつものように扉側前方の席に座った佳代が鞄からテキストを出して授業の準備をしている。  茂は少しその様子を見つめてから、佳代の方に歩いていった。  去年から変わっていない茂と高志の定位置を、もちろん佳代も把握している。後ろの扉から入るとちょうど目の前に見える位置でもあり、大抵の場合、佳代は入ってすぐにこちらに気付いて、手を振ってきたり、たまには近くまで来て少し話していくこともある。今日に限って気付かないとは考えにくかったが、たまたま考え事でもしていたのだろうか。あるいは単に茂が背を向けている状態だったからかもしれない。  近付いた茂が声を掛けたらしく、佳代が振り向いた。すぐに笑顔になり、茂を見上げている。茂が発した言葉に対して、笑って首を横に振っている。声は聞こえない。少し話した後、茂は手を振りながら踵を返した。佳代も手を振って応えていた。見ている限りいつもの佳代だった。 「喧嘩でもしたのか?」  戻ってきた茂に問う。茂は横に座って鞄を開ける。 「そんな風に見えた?」 「いや、見えない」 「佳代ちゃん、昨日休んでただろ」 「え、そうだっけ?」  あいにく二年次が始まってまだ間がなく、高志はどの授業が佳代と同じなのかをまだ把握していなかった。 「そう。体調悪かったみたい」 「ああ、それで」  様子がおかしかったのか。佳代も、そして茂も。 「元気になったって?」 「って言ってたけど」  テキストやノートを出し終えた茂が、ふと思い出したように高志の方を向いて、「お前、今日ぷよぷよだかんな」と言った。 「分かってる」 「泊まる?」 「一応着替えは持ってきた」  茂は頷いた。 「あ、飯とか一緒に買っとくから、別に買ってこなくていいから」 「分かった」 「20時くらいだよな」 「それくらいになる」  高志が答えると、茂は前を見たままもう一度頷いた。

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