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第十話 性欲処理 上

    千切れそうになる手。振りほどけない晴の腕から本気さが伝わる。自分の寝室に着いたとたん、ベッドへと投げ飛ばされる。それなりに重いはずの身体がいとも容易(たやす)く浮いた。  蓮は驚きつつも、逃げるように端から降りようと手を伸ばした。しかし、背中を刺すような視線と一歩一歩近づく足音に怖くて動けなくなる。まるで止まれと命令されたような威圧感に、なにもできなくなってしまった。  腕を引っ張られても抵抗できず、覆い被さるように押し倒されてしまった。 「兄さんってほんと、人を苛つかせる天才だね」  どこが、と反論が言えないのは、自分自身の行動に思うところがあるからだ。どんな形であれ、身体の奥深くまで触れてほしかった。だから抵抗も否定もしない。晴はきっとそんな優柔不断の俺の態度に怒っている。  それにしてもだ。晴がこんなことするわけがない。まず俺に対して欲情なんかしない。今までそんな目で見られたことはないし、この先だってない。 「なんで驚いた顔してんのさ。こうしてほしかったんでしょ?」  それなのに、歪んだ顔で冷たく言い放つ。  そんな晴を見て、ぞわっと背中に火がつく。晴の目は、俺を性的な目で見る(やから)と同じ歪形(いびつなり)をしていた。  欲情してる。  蓮の腰あたりに、ごり、と硬いものが当たっていた。  ごくり、と(つば)を飲み込む。 (ありえ、ない。なんで…溜まってるから?)  欲情なんてもってのほか。俺に憎悪の感情しかわかない晴がこんなことになるわけがない。  蓮は荒い息を吐きながら下を見た。布の上からでもわかるほどそれは張っていた。その大きさに一気に身体に熱が巡り、心臓が血脈を激しくさせる。沸騰しそうな思考回路と同時にひどい頭痛がする。  晴は怒りで血が上って、我を失ってるんだとその憎しみの大きさに胸が張り裂けそうだ。 「じょ、じょうだん、だろ…。俺のこといつもみたいに揶揄って遊んでるだけだよな?」  情けない。悲しみより恐怖が増してきてしまった。荒々しい声がさらに震えてしまっている。 「冗談? それでもしてほしそうにしてる兄さんこそ正気じゃないよね」   ひゅっと息を吸った瞬間、前髪を()きわけられ、隠れていた目を(のぞ)き込んできた。  心を、見られてしまう──そう思った蓮はぎゅっと目を閉じた。 「…素直じゃないやつを屈服させるのって楽しいから好きなんだよね」  そう囁きながら骨太い手が腰から上へ()ってくる。くすぐったさと触られている悦びに思わず吐息を漏らす。 「あ……っ」 「…さすが遊んでるだけあって、そこらじゅう敏感なのかよ」  喉の奥で嗤う晴。身体のラインにそって、なぞるように隅々まで手が(まさぐ)る。  肌からどくどくと晴の手に振動が伝わっていくのが恥ずかしく、涙で(まぶた)が膨らんでくる。  やがて晴の手は胸のあたりに止まった。やはり気の迷いだとやめてたのかと、ホッとしたような残念のような、なんともいえない気持ちでいた。けれど、すぐにそうではないことに気づく。  蓮は晴の手首に手をかけ、訴えた。停止した晴にこれ以上、心臓の鼓動を聞かせるのは羞恥(しゅうち)に耐えかねなかった。 「も、もう終わり、終われ。今ならまだ」 「黙って」 「ひぅっ」  話の途中だというのに、晴はいきなり乳首を(つま)んできた。言いかけようとした言葉を掻き消され、蓮の身体の芯から燃えるような熱に侵された。逃げ場を失い、あっという間に炎上した身体はびくんと震えた。  晴の手は摘んだ乳首をこりこりと()ねだした。調整するかのように優しく擦られる。その小さな刺激だけでぴくぴくと肩が揺れ、蓮は甘い声を出す。 「ぁ、や、め…っ、んっ」  戸惑いを隠せないまま勝手に出てくる甘い声。それすら興奮してくれているのか、先ほどよりも硬く感じた晴のものに顔が熱くなる。 「やらしい体。乳首だけでもイけそうだな。実際どんなプレイしたらこんな淫乱になるわけ? 俺にも教えてよ」 「ちが、あっ」  いたぶる言葉に、声の艶が増した。ひどい言葉を浴びたというのに、火照る身体。そんな蓮の乳首を晴は引っ張り上げた。びりびり、と電気が流れ込んできたように身体が跳ねる。緊張の糸がほつれ、自分の頭の中は白く霧がかかっていた。  自分で弄るより、他人に弄られるよりも、感じている。腰からぞくぞくとした波が身体の内側を舐めているようだ。蓮の瞳は花の蜜が落ちたように、とろり、としていた。 「酷くされる方が好きみたいで良かった」  晴は悲憤(ひふん)に満ちた表情を浮かべながら指先で乳首の先端をぎゅっとねじった。蓮は(ついば)ままれたような鋭い刺激に身をよじらせながら小さい悲鳴を上げた。 「ひゃぁっ、あ…っ」 「普段から(いじ)ってるようにはみえねぇけど、初めからこんだけ感度いいってことか。…兄さんってやっぱ俺に虐められるの好きだろ」 「もう、もっ、や…っ、だ」  晴に触れられているだけなのに灼けるように身体中が熱い。熱せられたバターのように溶けてしまう感覚だ。 (お前だから、なんて言えたらいいのに)  乳首だって本当に触っているだけだ。ただそれがいけない。まるで恋人同士でするセックスみたいで俺を錯乱させる。  犯すだけならさっさと()れればいいだけなのに、どうしてこんなことまでするのかがわからない。さっきからずっと耳の奥でもうるさいくらい心臓がドキドキと鳴り止んでくれない。  こういうことをするのが望んだことなのか。いや、そんなわけがない。俺を苦しめるのに一番いいやり方だと思っているからだ。そうでなければ、晴が俺を抱くわけがない。  これから起こる不安と期待が蓮を余計にかき立ててしまう。 「やめられないのは兄さんの方じゃないの?」  ふ、と嘲笑うように耳元でそう囁かれた。脳にまで直接届いた扇情(せんじょう)的な男の声にぞわぞわと肌が粟立(あわだ)つ。またしても悲鳴を上げそうになった声は艶やかな声へと変えられた。 「あっ、あ…っ」 「えっろい声…。そんな声を人前で披露しているなんて、いけない大人だね」  身体に力が入らなくなるほど骨抜きにされる声が聞こえたと同時に生温かいものがぬるりとした。  感じやすい耳の中を濡れたもので犯される感覚がして背中から甘美なものが這い上がってくる。 「あ…、あ、ぅ…っ、ん、ん」 「もう堕ちてんの? は…っ、今までの男に随分よくしてもらったんだ」 「ちが、アッ」  その瞬間、かぶり、と首筋を噛まれ、蓮は多幸感を得てさらに感じてしまった。(かじ)りついた口は離れることなく、じゅっ、と火傷のような真っ赤な痕を残していった。 「もう他に抱いてもらっても永遠に味わえないくらいの快楽を俺が与えてあげる。嬉しいでしょ? 兄さん」  そう言って、見下ろす晴の目は笑っていなかった。  それが蓮には、我慢をしている大人びた子供にみえた。  どうしようもなく胸が苦しくなる。そんな晴を見ているだけで、涙が(にじ)んでくるほどせつなくなった。  そして、そんな顔をさせているのは自分だ。だから、これは晴のせいではなく俺のせいだ。自分で()いた種だ。 「…嬉しいよ。晴」  なにも気にすることなく好きにしていいよ、と心の中で語りかける。たとえそこに愛がなくても、復讐という冷たい炎に灼かれることを何度も選ぶだろう。  蓮は泣きそうになっている小さな背中に手を回した。

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