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第十話 性欲処理 中

「あ、あっ、あ…っ」  気が狂いそうな熱さに、(うな)されるように喘いでしまう。そんな声を今更止めることはできない。晴の唇が首回りと鎖骨を中心に赤い花を残していく。滲んだ血のように見えるそれを嬉しいと、感じてしまっている。  一点の汚れもない透き通るような蓮の白い肌に、欲情の花弁(はなびら)が散らばっていた。自分のものだという(しるし)をつけられていることがどれだけ嬉しいことか。まるで胸いっぱいに薔薇(ばら)の花弁を()()められたような、ぶわりと甘美な幸福感が広がっていく。たとえ、その薔薇が造花であったとしても同じように感じただろう。  自分から手を回したというのに、両腕をシーツに()いつけられた。昔してあげたように抱いて、頭を撫でて、頬を触ろうとしたのを拒絶されたようだった。 「兄さんって舐められる方が好きだったりする? さっきからいろんなところ勃ってる」 「いう、な…っ、あ、あっ」 「責められると弱いし、舌の感覚が熱くて気持ちいいんでしょ? 俺も好きだよ」 「ぅ、ん、んん…っ」  好きだと言われただけで着火したように燃える身体を抑え込もうと声を我慢する。  けれどそれが気に食わなかったのか晴の舌が耳の中を犯す。中の奥にまでぬるぬると滑り、入っていく。そのまま深いところまでどんどん入っていく。脳みそまでしゃぶり尽かされるんじゃないかと思うほど入ってはいけないところまで届いたような気がした。  蓮は風邪をひいたような朦朧(もうろう)とした意識まで追い詰められた。抵抗するつもりは最初からなく、大人しく受容する。すると手の拘束がなくなり、晴の手が手首から肘にかけて撫でていく。まるで触感さえも確かめるように。肌にすら離さないという強い意志が伝わってきて、ぞくぞくと身体の芯を激しく揺らした。  汗ばんだ肌に触れるたび、男を誘う淫花のように艶然(えんぜん)と笑ってしまう。まるで芳醇(ほうじゅん)な香りをまき散らす淫獣(いんじゅう)となったように。 「焦らされるのも当然のように好きとかマゾじゃん。ふぅん…もっと酷くしようと思ったけどやめた」 「や、やめてくれる、のか…?」 「うん。酷いことをね。ははっ、セックスは止めるわけないじゃん」 「あ…」  ぼう、としていたせいで最後しか聞き取れていなかった蓮は、一瞬で安堵から永遠に見放された。 「恋人がするみたいにとびきり優しく、ゆっくり、長く、根深く、抱いてあげる」 「あ、あ…」  その方がよっぽど残酷だと理解した上で俺を追い込んできている。必死でかき集めた淡い期待もぱりんと薄い氷が割れるように砕かれた。  心が淋しい。けれど歓喜してしまっている身体に、まるで自分自身に裏切られたような気持ちになる。蓮は泣きそうになるのを必死に耐えた。自分の中で感情の糸が(もつ)れて絡んで、わけがわからなくなっても、必死に。 「まずはキスからかな? 情熱的なものがいいよね」 「や、やめ、キスはやだ…っ」 「なにそれ。…あぁ、キスは大事な人に取っておきたいみたいなやつ? そんなところで純情ぶらないでよ。恋人のように抱いてあげるんだからキスくらいどうってことないでしょ」 「だめ、だ。他なら、他はなにしてもいいから…」  俺が駄目なんだよ、と弱々しく睨みつける。しかし、それは逆効果だったことをした後に思い出す。  蓮の顔が赤から青に変わる。晴のことを思って断った。俺ではなく、本当の好きな人とするべきだと。けれど、全身の血が抜かれたかのように思い出される。酔ったあの日。間違えたあの夜。  自分から無理矢理キスをしてしまったことを。 「さっきも言ったけど今更なに処女ぶってるの? キスだってなんでもないようあんたからしたこと忘れてるわけ?」 「あ、あれは…」 「いや、もういいわ。許可なんて取る必要なんかないもんな、最初から」 「やめっ、んん」  強引に歯列を割って、熱く濡れた舌が侵入してきた。ぬるぬると執拗(しつよう)に粘着質のある分厚い肉の柔らかさが口の中で暴れてくる。ねちっこく絡めては甘噛みして、頬張るように吸いつく。  口づけをされながら耳の端をすりすりと擦り上げられ、背中に愉悦を走らせる。じゅわじゅわと馴染むように炎に炙られている感覚に溺れそうになる。 「んんっ、ん、んぁ、っ…」  おまけに唾液が甘く感じてしまっている。耳朶はそよ風に当たっているような優しさで、口の中では嵐のように激しさを増していく。  晴の横暴(おうぼう)さに応えられなくなった蓮の口の端から唾液がシーツを濡らす。その乱暴さから敏感に感じてしまう咥内は(あめ)がすぐに溶けるような熱さに上がった。  上手く目すら開けられなくなった蓮は、ぼんやりする視界で口角の上がった晴の顔が見えた気がした。 「あぁ、そういうこと。すぐ蕩けこんじゃうからしたくなかったってこと」 「はあ、あ、ぁ…っ」 「舌好きにはキスはたまらないものでしょ。触接絡んで、(まく)って好きなだけ堪能(たんのう)できる」 「ふ、ぅ…」  無性に泣きたくなった。  それだけで感じてるわけじゃないということを知ってほしい。いや、すでにわかって手を出していることが、とてつもなく悲しい。  好きな人に触れられているということだけが身体の蜜を溢れ出させているだけだ。 「口の中が性感帯になってる変態なら、これからもっと楽しめそう」 「もう、だめ…」 「弱音吐いたって状況は変わんないよ」 「もう十分しただろ。…頼むからやめてくれ」 「やめてくれ? 兄さんがそれを言うん「だ。だったら前髪切って、自分がどんだけ期待してんのか確認する?」 「っ!」 「はっ、そんなことしなくても自分でわかってんでしょ。実際こんだけ乱れてんだから」  その通りだ、と自分でもわかっていた。その言葉を喉に流し込めば真実になる。見なくても自分が晴をほしいと顔に出ていることぐらい予想していた。  それでも、それでも、と、どこかで祈っていた。けれど、まるで徹夜して書いたラブレターを目の前で破られたみたいだった。心が散り散りになる。わかっていたのに、現実は想像よりも痛いものだった。 「別にレイプしてるわけじゃないよ。ちゃんと兄さんに聞いたじゃない。…もしかして心が通ってないからとか言わないよね」 「っ……」 「なにそれ。今更あんたがそれを言うのかよ。俺の気持ちなんてどうでもいいと本当は思ってるくせに…っ!」 「なに言ってんだ…? そんなわけっ」 「そうかな。置いていった人が言う言葉とは思えないな」  さっきから妙に引っかかる。乱暴にすると思えば優しくしてあげるという。暴れ回ったあとは包み込むようなキスをしてくる。  なにかに執着しているような言い草だ。晴の怒っているような声色(こわいろ)に果てしない孤独を味わってきたような淋しさがにじみ出ていた。  なにより先程から苦しそうだった。 「もうやめよう。俺はおまえにならなにされてもいいけど、おまえが泣くようなことは、してほしくない。ちゃんとこういうことは好きな人とした方がおまえも気持ちがいいだろ」 「…なら俺、兄さんのこと好きだから問題ないよ」 「晴! そんなことしなくても俺はおまえの言う通りにしてやるから。だからっ」 「だったらもう黙って抱かせて」  反論の言葉は肉厚な舌で(ふさ)がれた。  熱烈なほど繰り返される舌の愛撫(あいぶ)に、弱音を上げた口腔内は晴の支配下になった。  舌先で上顎をなぞられ、びくんと身体が震えた。それを一瞬で見抜き、そこばかりを責めてくる。 「んんっ!」  思うように出せない中、与えられた刺激に喉が鳴り、耐えられずに瞼を伏せた。  暇を持て余した晴の両手は乳首を指と指の間で、こりゅこりゅ、と擦り上げている。すりすりと柔らかい羽で撫でられていると思えば、そよ風に当てられているような優しさで身がよぎれる。  触れられている。たったそれだけでぞくぞくとした快美(かいび)さが身体に巡る。  触るか、触っていない境界線を弄ぶ。弱く指先で撫で上げれば、じわじわと蝕まれるようにぞくぞくとした波が迫ってくる。 「ふ、ぅ、ぁ…っ」  強くされているわけでもないのに、漲るように身体の底から漏れ出す愉悦に吐息が漏れる。くすぐったさはとっくに快感に混ざり合い、心をかき乱す。 (もっとしてほしい。きもちがいい)  まだ前戯だというのに恍惚(こうこつ)そうにする蓮は恥つつも快楽に貪欲(どんよく)だった。先ほどまで抵抗していたのが嘘のようだ。怒ってでも止めるつもりだった。それなのに、触れられて感じてしまうとそんな風に尖った意志がとろとろに蕩けていってしまう。熱した蜂蜜のように晴の前では意志も感情もどろどろになる。 「まだ足りないって顔してるね。いつのまにこんなえっちな身体になったなんて…兄さんの恥知らず」  冷たく言い放つ晴は、ぎゅっ、と乳首を強く摘んだ。蓮は「あぁ…っ」と声を荒げ、身体の芯から膨張する熱に抗えず羞恥に顔を赤らめた。 「大丈夫だって。もう誰ともできないような身体にしてあげるから」  唸るような、晴の上擦った声が聞こえた。大丈夫だからとまるで自分に言い聞かせるような掠れた声に驚いている刹那、べろりと長い舌が乳首を舐め上げた。 「あっ、あ…っ」  急に襲ってきた刺激に思わずシーツを掻きむしる。ビリビリと乳首から流れてくる快感が下半身の中心へと溜まっていく。  どろり、と嫌でもそこが濡れているの感じる。きっと最初から期待して濡れていたのだと思うと蓮は、耐えられず顔を横に逸らした。 「あぁ、今頃気づいたの? パンツにシミまで…まぁシミどころじゃないけど」 「あ、う…」 「逸らしたってどのみちもっと濡れるんだし、恥ずかしがることないよ。ただ兄さんが感じやすい身体なだけだから」 「あ、あっ、あ…っ」  優しい口調の割には強い怒りを感じた。  自分でもこんな身体に驚いている。確かに誰かに触られたことだってあるし、最後までできなかったけど経験はある。大抵ひとりでする方が多いけれど、ここまでの快感を感じたことはない。  だから自分がこんなにも淫乱だったことに眩暈がする。  だってまだ処女、なのに。  晴も勘違いしたままになっているほどの乱れっぷりに一番驚いていたのは蓮自身だった。 「考え事なんて俺に対して失礼じゃない? あぁ、兄さんにはまだ刺激が足りないのか」 「ちがっ、ま、あっ、あ、あっ」 「使い込んでる割には綺麗な色してるじゃん。このまま齧って食べちゃおうかな」 「やっ、あ、あぁ…っ」 「嘘だよ。噛むより、こっちの方が好きだもんね」  大きく口を開けて、本気で噛まれると思いきや、じゅぅっと吸い上げられ「ひっ、やぁ…っ」と女性の悲鳴に近い声を上げた。  吸盤のように吸いつかれながら、口の中で舌が動いて、先の方で尖った先端をちろちろと舐めてくる。  片方の乳首は指の腹で押し潰されながら擦られる。蓮は浮かされるような熱量に脚をぴん、と伸ばした。 「あ…っ、あ、あ…っ」  気が遠くなってしまうような理性の中で、必死に自身の欲を()き止めていた。しかし、まるで言うことを聞かない身体に諦めを感じていた。今まで堰き止めていたものにヒビが入ってきている。次第にそこから溢れ出ている甘い蜜に身体が満たされていく。まるで乾いた土が雨を吸い込んでいくようで(うるお)う。そんな熱で咲き乱れた花のように(あで)やかで芳ばしい身体を踏み散らかされている。  歌っている時の快感とはまた違った底が見えないほど根深い。  自分がどれだけ色に欲深い人間なのか痛感(つうかん)させられた。晴の言う通り快感に弱い人間だということを自覚し、それでもいいからと切望(せつぼう)する。  こんなにも身体が愉悦で高まるのは晴に触られているからだと言い切る。  今まで他の誰に触られても気持ちよくはなかったのだから。

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