4 / 7

episode.4

   *   *   *           一層夜が濃くなりつつある宿舎は、少しずつ賑いを取り戻してきたようだ。  手に持った日記帳を何度も撫でながら、目元をぬぐう。エディーは、たったあれだけの、私とのやり取りを覚えていた。私は、とっくに忘れてしまっていたのに――。  一度記憶を紐解いてみると、ビルがその後、「弟がお前の事を気に掛けていたぞ」と口にしていたのを思い出した。私はその時、ビルに「同じ隊に所属するような事があったら、きちんと面倒を見るよ」なんて言って笑っていた。 「面倒、見てやれなかったな、あんまり……」  私がエディーにしてやれた事は、一体何があっただろうか。       1942年 11月10日    『最近、よくみんながレーションのチョコレートやキャラメルなんかをくれるようになった。僕が一番の年下だから、甘やかされているんだろうか? 足を引っ張らないようにしないと。  それにしても、甘いものが溜まって仕方が無いよ。昔は苦手だったけど、最近はよく食べるせいか、少し慣れてきたかな。  僕は、みなが気をかけてくれることが嬉しい。この戦場で、その事だけが僕を救ってくれているよ。僕は孤独ではないよ、兄ちゃん。』        なるほど。  それで甘いものが苦手だというエディーが、嬉しそうにケーキを食んでいた事に納得がいった。  恐らく、エディーは本国を離れての従軍に人一倍の孤独を感じていたのだろう。小さな田舎町から出たことも無い少年だったようだし、家族の愛に包まれて生きてきた。それ故に、不安も強かっただろう。ましてや、兄が足を失って帰って来たのだから――。  エディーは甘いものが嬉しくて食べていたのではない。その中に含まれる、我々の愛を受け入れていたのだ。           日記帳のページも、残り少なくなってしまった。もうすぐ、エディーの生きた記録を読み終わってしまう。名残惜しくて、ついつい一文字一文字を丹念に眺めるようにして読み進める。  トーチ作戦以降の日付は飛び飛びになり、日記帳の中の閉ざされた季節は年を越え、春を過ぎ、夏を迎えた。 春の記述には、サクランボの花の押し花が貼り付けてあった。あまり綺麗な作りとは言えない代物だったが、エディーらしく慎ましやかに花を綻ばせていた。それと、私と訓練に励んだ事、みんなでささやかながらパーティーめいた催しをした事、故郷を憂う様子などが少しずつ、記載されていた。  私は日記を読み進めていく内に、改めてエディーの深さを思い知る。       1943年7月 (日付は滲みのため判別不明)    『シチリアへ進行する作戦が始まる。ドネリー伍長がいるから、大丈夫。』        7月10日    『午前3時頃、上陸へ向けて進軍開始。船酔いが酷く、吐いてばかりいたせいで、軽い脱水症状を覚えた。上陸後、トーチカを制圧。そののちに伍長が負傷。僕は怖くなってしまった。』          ああ、肩だ。私のこの、今でさえ痺れの残る、肩。  日記をめくるのに、耐えがたい恐怖を覚える。シチリア、彼の散った地。  エディーの、最期の進軍。   

ともだちにシェアしよう!