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第6話
まるで異空間だった神社裏から元来た道を、行きと同じように手を繋いで戻ると、なんてことはない日常だった。当たり前だ、少し薄暗い神社の脇道を歩いただけなんだから。……だけどなんだか『戻ってきた』感じがする。
そして自然と繋いでいた手を離した。その名残惜しさ……。
遠回りになるのに「送って行きます」という宮下の申し出を受けたのは、正直下心があった。単純にもう少し一緒に居たかったのもあるが、残りの半分は関係を先に進めたいと思ったから。
出会ったばかりなら、お互いもっと知り合ってというものあるだろうが、付き合いの長さは三年と少し。片想いの長さだけでも宮下は三年、俺だって二年──。親密に付き合ったわけではないけれど、互いを知るには充分な時間のはずだ。
まだほろ酔いの振りで宮下の隣をゆっくり歩く。会話はまばらだけど気まずいわけじゃない。煙草をふかしたくて、でも最近は歩き煙草にもうるさいので我慢した。
時折街灯に照らされる宮下の顔を横目に見ると、自然とさっきまで繋いでいた手に目が行った。街灯から離れて出来る長い手足のシルエット。そんなものさえ格好良く見えて、並んで写る自分の影すら面映ゆく、思わず顔がゆがんで、そんな自分に『こりゃ重症だ』と頭を抱えた。
宮下から俺はどう見えているんだろう。浮かれすぎてはいないだろうか? 明日も仕事なのに泊まっていけと誘っても困るだろう。だけどまだ宵の口だし少し休んで行くくらいはしてくれるだろうか。
俺が酔っ払って好きだと告白した日、その場で宮下は情熱的なキスをした。三年分の想いがこもったキス。それには性的な色合いも感じたのだけど──。
その後、宮下はベロベロの俺をアパートのベッドまで送り、世話を焼くだけ焼いて帰って行った。最後は寝てしまったので定かではないけれど、家ではもっと触りたいと絡む俺をあしらい軽いキスをしただけ。
あれだけ酔っていたら何かするにも勃たないと思うが、それにしたってもう少し何かあっても良かったんじゃないだろうか──。
──と言っても、二日酔いの頭を抱えて起きた時は、昨夜の失態を全部覚えていて後悔していた。
いくら過去に好かれていて好意を持っていたからって同じ会社の人間に告白するなんてあり得ない。しかも未来ある20歳も年下の相手なんて重すぎて手に追えっこない。
どうやって断ろう。卑怯な手だが酒の上の失態で覚えてないで押し通すのが一番傷が小さいだろうか? 今は酷いことをされたと思うだろうけれど長い目で見ればそれいい。気が重いがこれくらいは仕方ない……。
スマホを探して部屋を見回すと、テーブルの上には、二日酔いの薬、スポーツドリンクにカルピス、あさりの味噌汁、おにぎり、パン……そんなにいらねーよ、という量の差し入れが並べてある。……また、カルピスか。今日も飲んでたしどれだけカルピス好きなんだよ……。
呆れて見ると薬箱の下のメモに気付いた。コンビニのレシート裏に不似合いな程達筆な文字で書かれた、簡潔な言葉。
『加藤さん、好きです。宮下賢志』
ただそれだけ、気持ちを伝えるだけのメモに心を囚われた。
直接会ってしまったら断れない。顔を見ないようにとかけた電話なのに、声を聞いたら惜しくなって付き合うことになってしまった。
それから週が明けて二日経ち、付き合うとなってからは初めての二人きりだ。
改めて考えると性急に関係を進める必要はない気がする。自分が20代の頃はどうだっただっけ? 今より断然性欲は強かったけれど、真剣な相手とはゆっくり進めていたような気がする。
好きだからこそ、すぐに、すぐにと先に進みたくなるのは老い先が短いせいだろうか。これが世代間ギャップになっていつか歪みになったりするんだろうか。
にわかに不安になる。でもそれで早く別れてしまう方が宮下の為だし、俺の傷も浅くて済むのかもしれない──。
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