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第13話
『おはようございます。今日も暑くなりそうですね』
無難なメッセージが届いていたのは、午前六時。そこから、既読にならないままなのに、ポツポツと宮下はメッセージを送ってきている。
『楽しみすぎて早く目が覚めました』
『二日酔い大丈夫ですか?』
『今日、外に出かけても大丈夫ですか?』
『流行の一人キャンプ! ……じゃないですね、二人ですね♡』
『加藤さん、アウトドア得意でしたよね?』
『アウトドア用の燻製器持ってくので、燻製作り教えて下さい』
『食材以外は用意できてます』
『待ちきれないので、行きます。加藤さんは寝てていいですよ』
……
で、今は九時。室内に差し込む光を見るだけで暑いのがわかる。つけたばかりのクーラーの作動音をかき消すように、うっとおしい程ミンミンとうるさくセミが鳴いていた。
そして、玄関チャイムが鳴りスマホの着信音も鳴っている。
俺、さっき起きたばかりなんだけど……。というか、起きて未読のまま送り続けられたメッセージの最新の『行きます』に、今、驚いた所なんだけど……、これ、チャイムも着信も宮下だよね? 仕方ないのでとりあえず電話に出る。
「おはよう」
「おはようございます」
んんっと寝起き声がばれないように喉を鳴らしてみたけれど、発したのは残念ながらいかにも寝起きの声。これじゃ、今まで寝てましたってバレる……。
「寝てましたか? 今、部屋の前にいます」
「知ってる……。俺、起きたばっかで……」
「ですよね。寝起き見たいので開けてください」
「ぇ……、もうちょい待ってて……」
「いやいや、無理です。暑くて死にます。すぐ入れてください」
あれ? 宮下ってこんなに強引な奴だったっけ?
「俺、昨日のまんま寝てて……」
「だと思いました。なので早く来ました!! てか、マジで溶けそう……暑い……」
だよな、暑いよな。仕方なくのそのそ起き上がり玄関の鍵を開けに行く。昨夜はシャワーすら浴びずに寝てしまったので、なるべくなら今は顔を合わせたくない。
いやだって、そろそろ気になるだろ、加齢臭……とか……。だったらちゃんとしろって話だが、誰と一緒に過ごすこともなく自由気ままに十年以上過ごしてしまったら、今更ちゃんとするってすごく難しい。
……な、ほら。
ドアノブに手をかけ、実は鍵をかけてすらいなかったことに気付いた。
だらしない代表みたいな自分の行動に、ガックリする。よくあることではあるんだけど、せめて今日はちゃんとしていたかった。
カチャリとドアを開け「おはよう、入って」とだけ言って、宮下の返事を聞かずに部屋に引っ込んだ。
「おじゃましまーす」と後を追いかけて部屋に入った宮下から隠れるように風呂に立てこもる。
「おはよう。俺、寝てたから……シャワー浴びるまで待ってて」
脱衣所から声をかけるとお行儀よく「はい」と返事をした後で詰問された。
「今、鍵開けませんでしたね? まさかいつも鍵かけてないんですか?」
……バレたか、やはり。
「昨日は忘れたかな、みたいな……。いつもはかけてるぞ」
「男だからって油断してると危ないですよ」
「あはは、ごめん。気を付けます」
ドア越しに言って服を脱ぎ捨てる。……って、この状況にドキドキしてしまう。昼間どころかまだ朝だし、未だ一回もそういうコトになってないのに。いや、この場合は『未だ』だから余計に意識するのか。
家の中の宮下の気配に急かされて手早く、だけど丁寧に身体を洗い水滴を拭って、そこでハタと気が付いた。脱衣所にはタオルと下着は置いてあるが服がない。
これからコトを行うぞ、というタイミングでシャワー後に相手が恥ずかしがっている姿は可愛い。例えば、そう、宮下がタオルを巻き身体を縮こめて出てきたとしたら『うーわー!!』ってなるに違いない。股間もこれから頑張るぞと主張を始めるだろう。
しかし、……だ。『これからお前を抱いてやる』と思っているおっさんが、恥じらっても可愛気もない。
わかってる、正解は気にせず出ていく、だ。
わかっちゃいるけど……、と俺は自分の身体を見下ろした。せめて、これが十年前ならなぁ、気にせず出て行けるのだけど……。
力仕事でそこそこに筋肉のついていた身体は、今でも同年代の中ではまだマシなんじゃないかと思う。だけど『同年代の中ではまだマシ』レベル……。
どこからどう見ても全身に脂肪が乗って来てるし、腹なんて脇の肉が掴めそうだ。肌だって昔はっと張りがあったと思うが、なんだろうな、萎みかけの風船みたいだ。中肉中背、膨らましてから一日たって空気が抜け始め、まだ遊べるけれど空気を入れたての頃程は跳ねない、そんな哀愁を感じさせる風船。
とにかく『理想の男』像からは外れている。全く見れない程ではないが、見せたいものではないのだ。明日からダイエット&筋トレに励むとして……、問題は今。
仕方が無いので腹に力を入れて引っ込めて脱衣所を出て、一目散にクローゼットに向かう。
「すみません、シャワーもまだの時間に……」
一応断りを入れる宮下。だったら、それくらいの時間待っててくれよ。
出掛けるならちゃんとした服の方が良いかもしれないが、宮下の視線を感じて照れ臭くなり、とりあえずは手早く着れる部屋着用のTシャツとハーフパンツを着る。
「ちょっと驚いたけど、早くてもいいって言ったの俺だしな」
服を着てようやく身体を隠せたことに落ち着いて応えた。少しでも早く会えるのは、恥ずかしかったが嫌ではないのだ。
振り向いて見ると、宮下はローテーブルの脇に座ってスマホを手にこちらを見ている。ジャカジャカと賑やかな音が聞こえて、職場でもやっている流行のスマホゲームをしているのが見て取れた。
急いだせいで濡れたままの髪をガシガシと頭を拭う。
「髪、乾かさないんですか?」
「すぐ乾くから」
「ドライヤーないとか?」
「あるよ、さすがに。暑いから面倒くさいだけ」
「だったら恋人らしいことしましょうよ。俺、宮下さんの髪乾かしたいです」
「えぇっ」
それは、やったことないわけではないがハードルが高い。
「暑いの嫌なら、クーラーの下ですればいいじゃないですか、ねっ」
「……しかた、ねぇなぁ……」
可愛くねだられて、速攻落ちる俺。だって、近づくのが嫌なわけじゃないのだ。
それに……、年下ってこんなに可愛いんだな。二十歳も離れているせいもあるんだろうが、何をされてもねだられても『仕方ない』で許せてしまいそうだ。
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