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第15話
いやいや、そうは言ってもな……。
俺はもちろんやるなら宮下を抱きたいなぁと思うわけだけど、宮下がどうしたいのかはまだ聞いていない。もしかしたら『宮下が俺を抱きたいと思っている』こと自体が俺の杞憂ということもあるわけだし……。
だけど、聞いてしまったら後戻りが出来ないんじゃないか、という気もしているのも事実で。聞いてしまったら『やっぱりナシで』とは言えないだろう?
後戻りする予定があるわけではないけど、二十歳の年の差と男同士っていうのは、申し訳ないような罪悪感がある。どうしても、両手放しで喜んでという気持ちにはなれないのだ。
ベッドを背にして座る宮下の隣に移動する。
熱っぽい視線に囚われて身体がぎこちなく動いた。
宮下に見られると反射のように緊張してしまう。職場ならましなのに、家では上司のスイッチが入らず、中学生スイッチが入ってしまうようだ。沈黙が怖くて、とりあえずテレビの電源を入れる。
休日の娯楽色の強いワイドショーでは、若い女性のアナウンサーがにこにこと笑い、その隣では同じ年頃の男性アイドルも一緒に愛想を振りまいている。『自分は好感を持たれている』と自信のある表情。派手過ぎずにでも整った容姿は、十数年前ならば恋愛対象として見ていただろうけど、今では『幼くて可愛い』と思う方が先だ。
今、隣に座っているのも同じ年頃なんだろうけど、宮下にはどうしたって恋愛感情としての『好き』が勝ってしまう。この違いは何なんだろう。そう思うのと同時に、今更この感情を無かったことになんて出来ないのもひしひしと感じる。
手持無沙汰というより緊張で思わず煙草を吸いたくなるが、今火を消したばかりだったな、と思い留まる。
いつまでももやもやするのも嫌で覚悟を決めて口を開いた。
「あー……っと、ちょっと聞きたいんだけどさ……」
「なんですか?」
「えっと……」
口を開いたはいいが、何から聞いたらいいのか迷う。いきなり『俺のこと抱きたい?』なんて、聞けるわけがない。とりあえず、遠回しに……。
「宮下って、今までどんな人と付き合ったの?」
「え?」
それ、聞いちゃいます? と宮下がこっちを見る。
うん、わかるよ……。テンパって聞いてしまったけど、聞いちゃいけない質問だったって、口から飛び出してから気が付いた。聞きたいけど聞いちゃいけないやつ。……過去の恋人遍歴聞くのって『自分は嫉妬深い』って言ってるようなもんだよな。
「誰ととかじゃなくて……、関係というか、カテゴリというか。……男、の方が好きなの? 女の人は全然?」
慌てて誤魔化したけど、これも聞きたくない質問だったかも。『男』と言われたら安心するけど、『女』と言われたら凹む。あぁ、でも宮下も同じか。俺もはっきりと『男が好き』だと言ったことはないか。
「お、れは、恋愛対象男なんだけどさ……。だからどう、ってこともないんだけど……」
不安が言葉を歯切れ悪くして、心細さに膝を抱えたくなる。
──俺、かっこ悪っ!
「んー……」
なんと言えばと迷う宮下が身を寄せて、肩にもたれかかる。
──そういうとこ、慣れてる感じがするんだよな……。
だけど肩口の体温がほんわりとして、そこから不安が溶けるような気がする。
「今まで付き合ったのは女の人なんですけど、好きになるのはあんまり考えたことがないんです。付き合ったら好きになるみたいな感じで、自分から積極的に行ったことないんですよね」
あー……、あれか。モテると先に好きになられちゃうやつ。……いや、でも俺には積極的だったよな。
「あの、最初に告白した時は、加藤さんが女性に狙われてるって噂があって、焦ったんですよね。好きだって自分から思ったの初めてで『早くなんとかしなきゃ』って思って」
「そうなんだ……」
宮下の言葉がじわりと沁みる。頬に血が登るのがわかった。まるで初恋と言われているようで、嬉しくなる。
「なので、本当は加藤さんに応えてもらえると思ってなかったというか……、あの時は『男が好き』とか鎌かけてごめんなさい」
「ん? 全く俺がゲイだと思ってなかったってこと?」
結構大胆に告白されたから、宮下には何か確信があって言ったのだと思ってたんだけど。
「……なかったんですよね。結婚願望なさそうだし、彼女の話も聞かないし、だったらいいなー……っていう願望だけで話しちゃって、後で後悔したんです。最初の告白の後、仕事では変わらなかったけど警戒されてる気がして。知られたくないことなのに、俺が不用意なこと言ったから不安にさせたんですよね。あの時はそんなこと思いもしなくて……。ずっと謝りたかったんです。ごめんなさい」
宮下はしょぼんという擬音が見えそうなくらいに落ち込んでいる。
「いやいや、そんな落ち込まなくても。あの時も驚いただけだから……。むしろそんな風に思わせてたんなら、俺が謝らないと……」
「加藤さんが謝ることなんて何もないです。俺、かなり強引だったなって反省して……」
「まぁ、強引だったよな」
「ですよね……。すみません」
「強引だったからさぁ、その後から宮下のこと気になっちゃって。警戒されてると思ってたんなら、それは俺が宮下のこと意識してたせい」
「そ……うなんです、か?」
「……ん、そうなんです。なんか、宮下みたいにカッコイイ子に好きだって正面から迫られたことなかったし、好きだとか付き合うとかはもう無いと思ってたから無視できなくて……。気が付いたら宮下のことそういうふうに意識してたんだよな」
「そうなんだ……」
今度はほんのりと宮下が赤くなる。
「『好きだ』って言われなきゃ意識すらしてなかったのにな。不思議なもんだよ」
「じゃあ、最初の告白も失敗じゃなかったんですね」
「まぁ……、そうだな。言われなきゃ気にしなかったかも」
微かに宮下が笑う。
「俺、けっこう頑張ったんですけど……。宮下さんに好きになってもらえなくても、認められたいって思って」
「うん、知ってる」
「それ、見ててくれたってことですよね。それ見て、好きになってくれたってことですよね?」
「そう……いうことに、なるな」
「へへ……頑張ってよかったなぁ……」
しみじみと宮下が呟く。
……宮下が、頑張ってくれてよかった。宮下が頑張ってくれたから、宮下のことが好きになれた。じわりと胸が苦しくなる。
嬉しさと愛しさがあふれ出しそうで宮下に寄り添うと、一瞬だけ宮下が緊張して、それから力が抜けるのかわかった。
「……泣いちゃいそうなんですけど……」
小さく呟かれて、こっちが堪らなくなる。
俺だって、泣きそうだ。
「泣いても、いーよ」
少し茶化して言うと「泣きませんけどね」と強がりで返された。
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