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第55話

「夕飯食べて帰りましょうか」  そう言われて入った宮下おすすめのラーメン屋は、偶然にも壮大と何度か通った店だった。 「ここ、みそラーメンが美味しいんですよ」 「へぇ、みそは食べたことないな」 「あ、来たことあるんですね」 「けっこう前だけどな。俺はしょうゆが好きだった」  なんとなく壮大と来たとは言えずに会話をする。 「俺も久々かも。高校の時に来てたんです。七年とか八年前くらいかな、学校が近くにあって」 「あぁ、あるな。もうちょい先に行ったところの」 「そうです」  笑って高校時代のエピソードを笑って話す宮下にあいづちを打ちながら、八年前に高校生の言葉に衝撃を受ける。当然わかっちゃいたけれど、八年前って俺は三十五歳くらい。  ……とすると、まだまだ壮大のことを引きずっていた頃だ。割とつい最近のことのように思えるけれど、宮下にとってはまだ時間の流れはゆるやからしく、懐かしいなぁなんて言っている。  俺にとっては、ついこの間来たような気がするけれど、現金なもので、店構えなんかはつい最近と思えるのに壮大との思い出だけが遠い。  ついつい「八年前なんて、つい最近みたいに思える」なんて言って「また加藤さんは……」と呆れられる。  最初に比べたら、若いだの歳だのと年齢差を気にすることも減ったけれど、やっぱりそこは感覚の違いというか。八年なんてつい最近だろ、と思うのと、八年も前とでは大きな差がある。 「学生時代の宮下も見て見たかったな」 「えー……、今とそんな代わりないと思いますけど。あ、でも俺、高校に入ってから身長二十センチ以上伸びてるんですよ。成長期遅くて」 「へぇ、それはすごいな」 「だから、毎年制服を買ってました。両親ですごい身長差あるから、もう伸びないと思っていたらしくて、母親にすごい嫌な顔されました。加藤さんは高校生の時、背伸びました?」 「どうだったかな。少しは伸びたかもしれないけど、今とあまり変わらなかったかも。少なくとも制服の買い替えはしなかった」 「見て見たいな、高校生の加藤さん。きっと今より可愛いですよね」 「可愛いとか言うな、格好良いって言えよ」 「だって、今も格好良いし、可愛いし……」  にこにこ笑って言われて、頬が熱くなりふいと目をそらす。  どうしてこいつはこう臆面もなく……。  けれど、それがいいんだろうと思う。俺に、だけじゃなく他の人にとっても。なんだかんだ言って、見た目の良さだけじゃない素直さが魅力で、そう思っているのは俺だけじゃなくて。取引先の人にも可愛がられているし、女性にも好かれる。  写真を見せろという宮下に、そのうちな、と約束をする。高校時代の写真なんて……二十五年前くらい? 実家に卒業アルバムくらいはあるだろうけれど、それ以外の写真なんて残っているかどうか。  確かクラスの半分超えるくらいが携帯を持っていて。携帯の小さな画面の写真を撮って。それでプリクラの交換なんていうのが流行っていた。あの時のプリクラはまだ見えているんだろうか。色あせて見えなくなっていそうだ。  壮大との思い出よりも、高校時代のことの方がなんだか はっきり思い出せるのが不思議だった。辛いのはいやだったけれど、壮大のことだって忘れたいと思っていたわけじゃない、なのになんとなく宮下に上書きされたみたいな。  なんて思うのは、ちょっとクサすぎか。  互いにオススメのラーメンを交換し合って、宮下はしょうゆ、俺はみそラーメンを食べて、腹いっぱいで店を出た。  再び車に乗り込むと、さすがに疲れと満腹とですぐに眠くなってくる。ぽつりぽつりと交わす会話が言葉少なになると、あと少しですけど寝ててください、と言って宮下が黙った。少しの会話でなんとかもたしていた意識は、会話が途切れたとたんにすぐに睡魔に負けてしまう。  次に気が付いたのはアパートの駐車場だった。  あたり前に一緒にくる宮下を部屋に迎え入れる。部屋の入り口にはどん、と昼間洗ってきたこたつ布団がころがっていて、二人でそのふかふかの布団のこたつを作る。  さすがに冬の夕方は寒くて、作ったばかりのこたつに二人してもぐり込んだ。 「あー……、やっぱ、こたつ最高」  そう言いながら、ごろりと横になる。さっき少し寝たけれど、まだ眠くてすぐに眠くなってくる。ふわ、とあくびをした俺の後ろに、宮下がぴたりとくっつく。  大きくもないこたつの一片に男二人が入るのは狭くて、宮下は隣り合う辺から足を突っ込んで、上半身だけを寄せてきた。  後ろから抱き締められて、ほっと息をつく。  なんかもう今日は疲れた。昨日から今朝のあれこれもそうだけれど、それよりもたぶん精神的に。  偶然、少しだけとはいえ壮大に会った。二度と会いたくないと思っていたわけじゃない。後ろ暗いことがあるわけでもない。むしろ実際会ってみたら、思ったよりも衝撃も何もなかった。  今はこの腕が、一番大事なんだと確認できた。  壮大に未練なんてもうないと、確認できた。  それだけで壮大と再会したのも悪くないと思うけれど。それでもやっぱり、少し疲れた。関係ないといいつつ、過去だといいつつ、緊張してた。  宮下に触れられて、ようやく息がつけた気がする。今は宮下が一番に落ち着く場所になったんだと感じて、顔がにやける。  はぁ、と大きなため息に「疲れましたか?」と宮下が聞く。 「んー……少しな」 「……」  ことん、と頭を寄せて腕の力が強くなる。空白に、もしかして何か壮大のことで言いたいことがあるのか、と緊張して次の言葉を待つ。 「梗平さん……」  緊張した様子で名前を呼んで、ぐり、と頭をすりつける。ふ、とついた小さなため息に、名前を呼びたかったのかと気付いてきゅと胸がしめ付けられた。  そういえば、ショッピングモールで一度名前を呼んだきり、そのあとはいつもの『加藤さん』に戻っていた。少し残念に思いつつその方が呼び慣れているからと気にしていなかったけれど、もしかして緊張して呼べなかっただけなんだろうか。  身体に回された手の上に手を添えてにぎる。 「……奎吾」  なんて、何でもないように思っても、俺も名前呼ぶのに緊張してしまうんだけど。ドキドキしながら名前を呼ぶと、ぐり、とあたまをすりつけて宮下が甘えた。 「名前、呼びたかったの?」 「……はい。でも、なんか、いざ呼ぼうとしたら緊張しちゃいますね」 「そうだな、俺もちょい緊張する」 「梗平さん」  もう一度名前を呼ばれて、身を捩って後ろを振り向く。焦点の合う、ぎりぎり近くで見つめ合って、ふ、と笑っい合って唇をあわせる。  確認するみたいに一度軽くあわせてから、もう一度深いキス。唇で唇を挟んで甘噛みして、それから口を開いて吐息を交わす。  それだけで、ぞわぞわとしあわせな痺れが頭の中から溶け出て来るみたいだった。  少し離して宮下の唇を舐める。つやとした柔らかい唇。それを見つめてしまえば、いつでもキスしたくて仕方がない。俺の舌を宮下の舌が迎えに来て、自分の口腔に誘い込んで、絡み付く。  くちゅ、と音を立て舌を絡めて夢中でキスする。  宮下のキスは最初の頃は少し控えめで強引だったのに、いつの間にか柔らかくてねっとりと絡むようなそれに変わっている。このキスをされると自分がとろけていくのがわかる。 「梗平さん……」  キスの合間に名前を囁かれて、自分がぐずぐずになっていくのがわかった。

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