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第67話
伸ばした腕を枕にして恋人が眠っている。
たまにはそういう日もある。どちらかどうとか決めたわけじゃないし、寝相とか身長とかそういうのもあるけれど、『抱かれる』っていう行為の全部を委ねているみたいなところと、その後の日常に戻るまでのタイムラグとの問題もあって、俺が宮下をこうしているのは割と珍しい。
腕枕をしてやっていると、不思議と腕枕されている時よりも、可愛くてぎゅっと抱き締めたくて、守ってやりたくて、甘やかしたいみたいな気持ちが強くなる。
こちらを向いて子どもみたいに手を胸元に引き上げた宮下の寝姿は、なんとも言えない愛らしさと同時に整った顔を再確認する。つくづく顔がいいっていうのは得だと思う。無条件に心臓を掴んで思わず見惚れてしまう。
穏やかな朝の気配と同時に、とくん、とくんと少しだけ胸の高鳴りを自覚した。
当たり前に受け入れた、当たり前でない習慣。起こさないようにそっと横を向いて、宮下の鼻先にキスをする。んん、と少しだけ身じろいでけれど宮下は目を覚まさない。
なんとなく色んなことが吹っ切れた。
今までもそうなるように積み重ねてきたことが、間違いじゃないと成果を確認して安心したみたいな気がする。
壮大のこと、それから未来・この先にどうなりたいかっていうこと。道が見えたら、それに向かって進めばいい。長いことどこにいるかもわからなくて、それから手を引かれて歩き始めて、ようやくゆく先を見つけた、そんな気分だった。
今日は日曜日だ。なんとなく日曜日はゆっくりと時間が流れているようで、そのせいかだらだらして気が付いたら一日が終わってしまうことが多い。
宮下と一日ゆっくりと過ごして、そうして夜にはさよならをして翌朝から一週間が始まる。朝になって仕事に行けば、恋人の顔を隠して部下に収まった宮下がいる。そうやって当たり前に過ごしてきた半年ほど。
そう、まだ半年。
まだ半年しか経っていないのが不思議に思えるほど宮下は俺の生活、というより人生に馴染んでしまった。まるで一緒にいるのが当たり前みたいに。
だから別々の家に帰るのが寂しくて不思議な気すらする。だからといって冷静に考えたら、同棲しようというには少し早い気もする。どれだけ俺が浮かれているのかって感じだし、宮下の家にする説明のこともある。
友達同士っていう年齢なら、互いに実家を出たいけど家賃とか家事の都合でシェアっていうのもありだと思う。けれどそれが会社の二十も年上の上司となれば、普通なら距離を保ちたい相手であって一緒にいたい相手ではない。なんで?って感じだ。
思わず悲観的な現実を考えて、そんなこと考えていたらだめだって思い直す。
それに一緒に暮らしたいと思うのだって、まだ本人の意志も確認していないのだ。いつかいずれと思ってくれていても、そのいつかのタイミングが合わなければ一生かみ合わないことだってある。
でもとりあえずの一歩。まずは一緒に過ごせる場所を作る。
改めてその目標を心の中でつぶやく。
前向きな目標は、それだけでなんだかわくわくした。
まだぐっすり眠っている宮下を残して、そっとベッドを下りる。冬の室内はひんやりと冷たくてすぐに布団に戻りたくなる自分と戦う。暖房をつけ、シャワーを浴びにいく。
きれいに体は拭われていたけれど、それでもやっぱり妙に腹の皮膚が突っぱねる。昔、精液は美容にいいとかいうデマが流れたけれど、あれ本当にデマだったよなぁ、とかどうでもいいことを思う。
浴室で改めて自分の裸を見ると、毛の無くなった股間が心許ない。あるはずのそこに気がないことによって、却って脛毛とか腋毛が気になってしまう。
でもそこまで剃ったら、腕や足がちょっと見えただけでもケアしていることが分かるだろう。男なら気にしない人も多いけれど女性は敏感だから、気になってもそのままが無難だと思い直す。
……いい年して自意識過剰だとは思うけれど、職場で指摘されようものならきっと逃げ出したくなるだろう。
身体を洗いながらそのすっきりした部分に触れると、たったの一日なのにわずかにざらりとした感触がある。たった一日で生えて来るのかと思ったが、考えてみればひげだって毎日剃るんだから不思議はない。
もう一度剃るべきかを迷って、考えているうちに昨日ここで行われたことを思い出した。恥ずかしいような、期待するような、嫌だけど、嫌じゃなかったとか。感情をひとつ、これと決めることが出来なくて、でも結局のとこ、少し興奮しているんだから……。
苦笑して、とりあえずそのままにする。
結局さっと身体を流しただけで出て、もこもことしたスゥエットに身を包む。部屋着なんてなんでもいいと思っていたのに、少しだけ見た目を気にするようになったのも宮下と付き合ってからの変化の一つだ。
部屋に戻っても相変わらず宮下は気持ち良さそうにぐっすり寝ている。それを横目にこたつに座ってノートパソコンを開く。宮下はパソコンよりもタブレットとかスマホの方が馴染みがあるみたいだけど、手軽さではそっちが勝っても、俺にはどうしてもパソコンの方が馴染みがある。
ちらりと宮下を気にしながら、住宅情報を検索する。具体的な何かを思い描いているわけじゃないけど、そうして見ているだけでわくわくして楽しくなってくる。
古すぎは困るけれど新築や築浅にはこだわらなくて、それよりも適度な広さと部屋数は欲しい。あとは駐車場と、立地は駅からは遠くてもいいけど、コンビニが近くにあるといい。一つひとつ条件を考えては足していく。
地方都市から外れた田舎の割には物件数は無数にある。見ているだけで楽しくなって、あっという間に時間がすぎる。けれど、一人で見ているだけではだんだんとつまらなくなってきて伸びをして振り返ると、ちょうど良く宮下が身じろいだ。
時計を見ればもう午前九時を過ぎていて、そろそろ起こしてもいい時間だ。
こだわりがあるわけではないけれど、随分前に結婚の引出物でもらってから愛用しているコーヒーサーバをセットしてからベッドに戻る。特別コーヒーが好きというよりコーヒーの香りが部屋に充満するのが好きで、余裕のある時だけそうしている。
コポと音をたてながらコーヒーの香りを巻き散らされると、換気扇の下で吸っても匂う煙草の匂いもすこし上品に感じる。
自分では煙草を吸わない宮下が煙草を嫌いだと言ったことはないけれど、自分でもいい香りだとは思えないそれの言い訳みたいな、罪滅ぼしみたいなものだった。
今度はスマホ片手にベッドサイドに移動して、宮下に呼びかける。
「宮下、そろそろ起きるか?」
いつも通りにそう呼びかけた後少し考える。それからひげが薄くてするりとした頬にキスをして、もう一度声をかけた。
「奎吾、そろそろ起きよう?」
自分でそうしておきながら、そのむずかゆさに頬がゆるんだ。
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