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第69話
のど奥を突かれて生理的にえづきながら、生きている証みたいなその温度を飲み込もうとしてむせる。一度咳いたら止まらなくて、宮下が飲まなくていいから、と焦って背中を撫でる。
それでも美味くもないそれの味を感じたいと思うんだからしょうがない。
「きょ……うへいさんは?」
そう聞かれて首を振った。性器は熱を持ってゆるく勃ち上がってはいるけれど、ほっとけば収まるし抜きたいほどではない。なにより気持ちが満足していた。
「俺はいいよ、奎吾がイくの見れたし」
「そうですか?」
言いながら、赤く頬を火照らせたまま髪にキスをする。その仕草がもうキザで恥ずかしくて、照れ臭いんだけど、宮下はそれよりも名前を呼ぶ方が照れるようだ。
そんなところがまた可愛い。
「呼び方、急には変わんないだろうし、そんなに頑張らなくてもいーぞ」
一応無理しなくてもと言ってやる。
「いやっ! 呼びたいんです、けど……」
「職場ではどうしても名字だしなぁ」
「あ、そうですよね。確かにそれは、名前って意識してたら失敗しそうですよね」
少しだけ残念そうに宮下が言うから、ちょっとおもねるような言葉が飛び出す。
「まぁ、俺が奎吾って呼ぶのはいける気がするんだよな」
「え?」
「いつもじゃなくて、休憩とかなら大丈夫じゃないかな。会社でも仲いいって思われてるし」
「そうですね。金曜日も加藤さんと鍋するんでしょって言われました」
そう言うと嬉しそうに宮下が笑った。
さすがにここまでずっと一緒だとは思ってもいないだろうだけれど、会社の中でもここ半年で一緒に遊びに出かけるくらいには仲良くなったと知られている。だからと言って、付き合っている言うつもりはない。
けれど、俺が宮下との関係を当たり前に隠そうとすると、宮下は少しだけ不安そうに不満気な顔をする。
俺が宮下くらいの頃から考えたら、周りの環境は驚くほど変わっている。あの頃はゲイなんて言葉も一般的ではなくて、ホモとかオカマとか。女になりたいと男が好きの区別すらなくて、テレビでだってそれを面白おかしくネタにした番組すらやっていた。
それが今ではホモなんて言葉すら使わないし、トランスジェンダーとゲイは別だと知っていて常識ぐらいに言われるし。地域によっては正式な結婚ではないけれどパートナーシップも認められている。
テレビでだって男同士の恋愛をテーマにしたドラマがヒットして、休憩時間に女子社員同士で盛り上がっていた。だから、あの頃とは全部が違うのかも知れないけれど。
それでも、やっぱり俺は宮下と付き合っているとオープンにするのは抵抗がある。例えそれが会社とは別で友達の範疇の人だとしても、やっぱり同族以外は怖い。
けれど宮下はその辺は最近の若者というか、感覚が新しい気がする。確認したことはないけれど、どこか楽観視しているような、知られたらそれでもいいと思っていそうだった。
そこは心強くもあり、不安でもあるのだけど。たぶんこれは時代の感覚だから、俺が簡単に楽観視できないのと同じように、宮下からしたらなんでそんなに?と思っているんだろう。
それでも一緒にいようと決めて一緒に暮らしたいと思うなら、周りにどう説明するか、どう思われるかは避けて通れない。せめて違う職場だったらと考えてしまうけれど、これは俺が乗り越えなきゃいない壁みたいなものだ。
堂々とすること。
それは簡単なようでいて、身に沁み込んだ怯えや不安みたいなものを払拭するのは難しそうだった。
でも、宮下とはちゃんと前を向いて一緒にいたいから、できるだけ誠実でいたい。
簡単に股間を拭ってスゥエットを上げた宮下の太ももに、こてんと頭を乗せる。
誠実ってどんなだろうなぁ、なんて思いながら、今まで何となく避けてきた話題を聞いて見る。
「奎吾のとこは、お姉さんがいるんだっけ?」
「そうですけど、姉が二人」
突然の話題にきょとんとした宮下が答える。
「二人もいんの?」
「知りませんでしたっけ?」
「一人かと思ってた」
そっか、と思う。今は昔ほど長男が家を継ぐとかいう事はなくて、兄弟がいればそれだけで割と心強い。
「上の姉ちゃんは県外で、下は結婚して近くに住んでます。たぶんもうすぐ子ども産まれるとか?」
「あれ? この前会社でちっちゃい子の話してなかった? てっきりお姉さんの子だと思ってたんだけど」
「あれは叔母のとこの子ですね。近所なのでしょっちゅううちにいるんです。本当生意気で……。今までは『俺はおじさんじゃない』って言ってたんですけど、今度本当におじさんになっちゃうんで、もう完全におじさんて呼ばれてますよ。でも子どもに『いつかおじさんになるんだぞ』って言っても喜んでるし」
ため息をつく宮下にそんな年だよなと笑う。確かにおじさんと呼ばれるにはまだ早い。でもおじさんと呼ばれて本当に抵抗があるのは、三十過ぎたころに間柄のおじさんだけじゃなく分類のおじさんが追加される時だと言うのは黙っておく。
俺だって姪っ子に「おじさん」呼びされるのはいい。けれど自分が十分におじさんだといい自覚があっても、通りがかりの中学生に言われるとちょっとずんと来る。
「でもおじさんになるの、楽しみだろ?」
俺だって姪っこはそれなりに可愛いと思うし。子どもってのは血縁であればより可愛さが増す、なんて兄の子を見るまでは思ったこともなかったんだけど。
「いや、怖いです。姉ちゃんの腹がデカくなって動いてるとか、もうホラーみたいで。叔母さんはずっと大人だったんで感じなかったんですけど、姉ちゃんは……」
「そんなもん? 俺は兄だけだからわかんないけど」
「産まれちゃえば可愛いのかもしれないけど、今言われても全然……。本人たちには言えないですけどね」
宮下は苦笑していて、そんなもんかと思う。俺にとっては兄の奥さんの腹が大きくても、そこから子どもが生まれてきても、ただただ驚くだけだったけれど。
「まあだから、ちょっと……、うち、居心地よくないんですよね」
「もしかして、早く結婚しろとか言われる?」
「いや、単純にうるさくて……。あと、ここに入り浸っているので、より休日の居場所がなくなっていて」
あれ、これは同棲を切り出すチャンスなのか? それとも宮下のピンチなのか? 判断ができなくて、でも軽く誘ってみるくらいなら、と切り出した。
「じゃあさ、」
「それで、」
同時に話しだした宮下にごめんと言って先をゆずる。
「……それで、うちを出ようかと思っていて」
見上げた宮下の視線がちらりと様子を伺う。もしかして、これは……。
びっくりするほど心臓がバクバクする。
「……一緒に住む?」
恐るおそる聞いた。
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