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第71話

 言葉や想いの『重さ』って、結局は自分の願望や欲がどれだけ入っているのかなのかもしれないと思う。確かに責任だとかもあるんだけど、それも責任を果たしたいという自分の欲のひとつで。  気持ちだけじゃない冷静さを含めた重さが胸を打つこともあるんだろうけれど、年を重ねるほど純粋な言葉や想いにはっとさせられる。  結局、ぜんぶの根底にあるのは好きの気持ちなんだ。  好きだから知りたいし、触れたいし、一緒にいたい。  その純粋な、こころの真ん中みたいな想いを丸出しにするのが怖くて、冷静なふりして色んなもので武装して、理由をつけて。責任なんて言葉で言い訳をするみたいな。  そう思うと、ほとんど自分の欲だけで生きている子どもって本当に天使みたいなのかも。  自分にない率直さ。  ただ一緒にいたいと言われて、そうなんだよ、と頷いた。結局のところ、俺だってそうなんだ。ただ一緒にいたい。  だけど嬉しさと一緒に、たくさんのことが俺が初めてだという宮下が少しだけ怖くなる。もしかして初めてのもの新しさに夢中になっているんじゃないかと思えてくる。  今はそう思っていなくても、ずっと一緒にいて新鮮さがなくなったらどうなるんだろう。  思わずマイナスなことを考えて頭をふる。それは宮下に対して失礼なだけで、宮下からの気持ちは疑わない。それが一番大切なことのはずで。  けれど過去にしたはずの『裏切られた』っていう感覚はいつまでも少し俺の足を引っ張って、すぐに悪い方へと流されそうになる。だけど、 「大丈夫、嬉しい」  なるべく簡潔な言葉で伝える。  次の言葉を選ぶうち、抱き合った身体からトクトクと心臓の音が聞こえてきて安心した。少し早い音はきっと緊張しているから。それが俺だけのものじゃないこと、二人で共有していることに安心する。 「……俺は、年食ってる分余計なことばかり考えちゃうからさ、そうやって……、奎吾が真っ直ぐに向かってきてくれるの嬉しいし、そうしてくれるから頑張れるっていうかな。  だめなんだよ、俺。恋愛に関しては……、わかってるかもしれないけど……、自信持てない。いつでも大丈夫って言い聞かせてないとすぐに不安になって、自分でも面倒くさいんだけど」 「面倒くさくなんてないですけど……、俺、そんなに不安にさせてましたか? いつも梗平さん余裕そうで、俺ばっかり好きなのかと……」  ぎゅっと抱きしめられて、すみませんと謝られて慌てた。 「違う、そうじゃなくて逆。奎吾がたくさん好きって伝えてくれるから、それに応えたくて……」 「無理させてました?」 「じゃなくて……。何て言えばいいんだろうな。俺が強気なふりしてないといられなかったんだよ。いつでも宮下に好かれてる、って思っていたくて……」 「いつでも俺は、梗平さんのこと好きですよ」 「うん。知ってる。ちゃんとわかってるし、そうやって伝えてくれるのすごく嬉しくて……。それでも不安になるんだよ。  俺、……俺さ、宮下に会う前に付き合ってたやつに二股かけられてたんだよね。まぁそれで最後は捨てられたっていうか……」  何でもなくさらっと言うはずが思いがけなくのどが詰まる。昨日、思い出になっていたって確認したはずなのに。だけど平気なふりしなくちゃ宮下に気を使わせてしまうし、そんな過去に未練があると思われるのも嫌だった。 「今はもう、全然何ともないんだけど。だからちょっと不安になりやすいって言うか」 「何ともなくなんて、ないじゃないですか」  へらっと笑って言ったはずが、語気強く返されてかえって驚いた。それから、力いっぱいぎゅうぎゅうに抱き締められる。 「全然、何ともなくなんてないでしょ。そんな泣きそうな顔してるのに」 「今、顔なんて見えないだろ」 「声でわかります」  強がりを即座に否定されて、このやろうと思うのに、背中に回した手はまるですがりつくみたいに震えていた。  ずっ、と鼻をすすって言う。 「未練とかあるんじゃなくて……」 「わかってます」 「……ただ俺は、」  言葉を探して、すとん、と落ちる。  ──宮下に、ずっと俺のことを好きでいて欲しい。  そういうことなんだ、と思った。  泣きたくなるほど切実に、ただそれだけだった。  きっと俺は、ずっと宮下のことを好きでいられると思うけれど。そうなるために頑張れるけれど。  宮下が俺をずっと好きでいてくれるかは分からなくて、だけどずっと好きでいて欲しい。  今までの分も、これから先も。 「……ずっと、好きで、いてくれる?」  強がりたいとか、格好つけたいより先にぽろりと言葉がこぼれおちた。  音も言葉も幼いその問いが耳に届いて、その余りな頼りのなさに自分で驚く。 「あたりまえでしょ。ずっと、好きですよ」 「でも、先のことはわからないだろ」 「わかります」 「ほんとうに? そんなこと言って他に好きな人がいるとか、結婚するとか言うだろう?」 「言いませんよ」 「でも、」  嬉しいのに甘えてダダをこねる自分が面倒くさかったけれど、考えるよりも先に言葉がぽろぽろと落ちる。しばらくそんなやりとりを続けて宮下がため息をついて、ぴたりと言葉が止まる。すっと胸が冷えた。 「ごめん……」  面倒くささは十分自覚していて、こんなふうに甘えたらだめだと思うのに、だけどいちどこぼれ始めたら止まらなかった。 「ごめん。奎吾は何も悪くなくて……」 「……トラウマのせいなんですよね。不安でもいいので、梗平さんは俺のことずっと好きでいて下さい。そしたら最後には俺の『ずっと好き』が嘘じゃないってわかるんで」 「ごめん。疑っているわけじゃないんだけど……」  他に何も言えなくてただあやまる。 「……時間の感じ方は相対性なんですって。だから俺の一年と梗平さんの一年は長さが違っていて、昔それを聞いた時はピンとこなかったんですけど、今は何となくわかるなって……。中学くらいの三年間てものすごい長くて、なのに仕事はじめて梗平さんを好きになってからの三年間てそれに比べたら短いんですよね。  中学の三年間て人生の五分の一なんですよね。今は八分の一くらいで、梗平さんだと十五分の一くらい? ……わかります?」 「たぶん、なんとなく」 「だから俺は梗平さんの倍まではいかないけど、それに近いくらい梗平さんのこと好きな期間が長いんですよ」 「……つまり?」 「なので、梗平さん時間だと俺はすでに七年くらい梗平さんを好きってことですね」  ふふんと得意気に言われた。なんていう暴論だと思ったけど、その屁理屈に思わず笑ってしまう。 「七年好きだったら、十年くらいはいけると思いません? 十年一緒だったら、一生って決めてもいいと思うんですよね。なので、俺はもう一生好きだと思ってるんですけど」  どう思います? と顔をのぞき込まれてますます笑った。なんかもう、よくわからないけれどそれだけ前向きな相手に、後ろ向きなことがばからしくなってきて、半べそのまま「そうだな」って肯定する。 「よくわかんないけど、不安になるだけムダって気がするな」 「でしょう? 相対時間で行ったら、梗平さんより俺の方がずっと梗平さんのこと好きですから。不安になることなんてないし、……むしろ不安になるのは俺ですかね?」 「不安になることなんてあるのか?」 「……って、聞きたいのは俺でしたからね? でも、これからはもっと大好きって伝えますね。梗平さんが不安になんてならないくらい」 「いや、ごめん……。考えてみたら、今でもけっこういっぱい、いっぱいだった」 「遠慮はいらないですよ。俺はまだ若いし浮かれてるんで、まだまだいけます」  そう言って、鼻先にちゅっとキスをする。それがもう、嬉しくて恥ずかしくて。 「で、やっぱり不安になる隙間なんてないくらい一緒にいましょう。結婚前提の同棲ってことで」  ね、と笑って今度は唇にキスされて。  恥ずかしくて仕方ないけど、よろしくお願いしますって返事をした。

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