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第72話

 不思議と物事が進む時は、何かに後押しされるみたいにトントンと行くもので。  一緒に暮らそうと約束をして、それから半月ほど。すっかり不動産探しが趣味みたいになっていた。子どもではないんだし、動けばすぐには話は進むのだけれど、それでも世間への言い訳みたいなものは欲しいわけで。  いっそのこと、この中途半端な田舎から出てしまえば楽なのになんてことも考えてしまう。と言っても、宮下はともかく、俺は再就職だってきっと厳しいだろう。  けれど、二十代の宮下が親子ほども離れた上司と一緒に暮らす理由の言い訳は見つけられない。宮下は『別にいいんじゃないですか、友だちで』とは言ったけれど。でもそれって、俺の年代側からしたら『なんでそんな面倒臭いことを』と思わずにはいられないっていうか、何か不自然を感じるんじゃないかと怖い。  そんな時に、空き家になっている親戚の家に住んでくれないかと持ち掛けられた。  聞いてみれば、築年数は十五年程だけれど事情があって土地を離れたらしい。この先住む人もいない家をそのままにすると後が面倒だけれど、知らない人に思い出のある家を譲るのは嫌なんだそうだ。けれど更地にしてしまうにはお金がかかるし勿体ないからと相談されたそうだ。  老後を過ごす目的で建てられたその家は、都会ならともかくこの辺の家族連れが住むには少し手狭だということで、白羽の矢が当たったらしい。 「まあ、アンタが嫌ならいいんだけど、そういう話があって聞いてみてくれって言うから、ちょっと考えてみてくれない? 条件は悪くないと思うのよ。どうせこの先、所帯持つつもりはないんでしょ。格安で譲るっていうからさ、十年分の家賃だと思えば安いから」  そう電話をかけてきた母親に「前向きに考えてみる」と言いながら、心の中でガッツポーズをした。  隣町にあるその家は、仕事で近くに行ったことがあって、場所の説明をされただけでどの家かがわかった。確かにこの辺で子連れの人が住むには少し手狭な平屋建てで、けれども一人暮らしをするには十分すぎる広さの家だった。  例えば、親戚から家を買ったけれど部屋が余っているからと言えば、一緒に暮らすのにも疑問を持たれることは少ないだろう。  職場から少し離れてここよりも田舎にはなってしまうけれど、それも都合が良いような気がする。  いそいそとその話を宮下に伝えると、宮下からも異存はなかった。本当はすぐにでも連絡をしたかったけれど、一応考えてみると言った手前、二日待って連絡し、週末に家を見に行く約束を取り付けた。  と言っても、別に不動産屋が間に入っているわけでもなく、ただ実家で預かっている鍵を借りて勝手に家を見に行けばいいという話らしい。  曰く、家具とかいらないものは残っているけど不要なら全部処分していいし、できれば土地ごと買い上げて欲しいらしい。そう言って提示された金額は破格で、確かにそれは悪い話じゃないどころか、棚からぼたもちだ。  草が枯れているおかげで荒廃が目立たなくなった庭に車を停めた。 「これですか?」 「うん。去年見たときには庭も綺麗だったんだけどなぁ」  そう言って、昨年仕事で通りかかった時に見ていたその家の景色を思い出す。家は伝統的な日本家屋というよりは適度に洋風で、むしろ俺が暮らすには可愛すぎるんじゃないかという外観をしていた。  確か、夏には色とりどりの花が咲いていたような。さすがに今はまだ冬なのでそれは全くわからないのだけど。 「……すごい、いいじゃないですか」  そう言った宮下の瞳は素直にきらきらと輝いていて、ほっと胸を撫で下ろした。 「ま、中を見てみないとわからないけど、悪くないな」 「庭も広いし」 「庭が広いってことは、手入れしなきゃいけないって知ってるか?」 「あー……、それは面倒ですね」 「だろ? でも庭のバラは思い出があるから出来れば残して欲しいらしくて」 「へぇ、そういうのなんかロマンチックですよね」 「でも手入れは面倒だろ」 「まあそうですけど……。バラって素人でもちゃんと育つんですか?」 「大丈夫らしいよ。俺もオフクロにそう言われただけだけど」 「じゃあ大丈夫ですかね?」 「わからないけど、大丈夫じゃないか?」  二人で頼りない疑問形で話をする。正直バラの栽培とか専門外すぎてわからないのだけれど、それでも庭に立派なバラを咲かせている家は多くて、なんとなく大丈夫なんじゃないかと思う。  車を停めた庭と家までの間は、くだんのバラをはじめ、きっと夏にはきれいな花を咲かせていたんだろう花壇があって、その真ん中をインターロッキングで玄関までの道が敷かれていた。 「いいけど、この家、えらい可愛いな」 「なんか別荘みたいな作りですよね」  可愛らしいその道を歩いて、やはり可愛らしい玄関ドアを開ける。玄関の中もふんだんに木材が使われていて、家の中は落ち着いた雰囲気だった。  空き家とはいえ、なんだか人の家に勝手に足を踏み入れる緊張感に、一歩踏み出して後ろの宮下をふり返る。 「家の中もきれいだな」 「そうですね」  そう言った宮下の顔がすいと近付いて、あ、と思った時にはちゅとキスされていた。おどろいて反射的に後ろにのけ反りバランスを崩して、慌てた宮下に身体を支えられる。 「あぶな……っ、気を付けて下さいよ」 「……いきなり、そんなことするからだろ」 「だって、初めて入ったんで、記念にと思って」 「なんだ、記念て……」  思わずくちびるを押さえた。えへへと笑った宮下の顔が近付いて、手をどかすように促されもう一度触れるだけのキスをする。 「やっぱ、人の家だと落ち着かないな」 「人の家って……、空き家じゃないですか」 「空き家でも、人の家って感じがするだろ」 「まぁそうですけど、それが新鮮で良いんじゃないですか」 「……若いな」 「それ若さ関係あります?」 「あるよ、たぶん」  照れくさくて、足だけで靴を脱いでずかずかと家の中に入る俺を、同じようにした宮下が追いかけてくる。 「じゃ、いっぱいしないとですね」  そう言った宮下に掴まって抱きしめられた。

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