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壱 夢かそれとも妖術か

 足場の悪い道を、若い青年がおぼつかない足取りで進む。ここは人間を化かす悪い狐が居ると、麓の村では大昔から噂になっている山である。よって、気味が悪いからとここに寄りつく人間は少ない。単純に全く手の加えられていない、道とも呼べぬ獣道しかないというのも原因の一つであるが。 「うわ、っと……危な」  青年は泥濘んだ土に足を滑らせる。尻を付く前に横の木の窪みに手を伸ばして難を逃れた。 「それにしても本当に化かし狐なんて居るのか」  青年は半信半疑のまま奥へ奥へと歩き続ける。悪い妖が居ると聞けば殆どの人間はそれを恐れて近寄らないが、稀に興味半分で探索に来る者も居る。この青年もその一人だ。  青年がひと息ついた時、風もないのに視線の先の枝が音を立てて揺れた。どうせ猫や鳥の類だろうと思いながらも、青年はその方向へと足を進める。  腰より高く生い茂る草を掻き分け、木の付近まで歩いた。近いと思っていたが直線ではとても人が普通に歩ける道はなく、迂回していたせいで酷く遠くに感じる。枝を見上げても雀一匹居らず、風に揺られるばかりだ。 「確かにこの辺りだった……流石にもう居な――」  居ないか、そう言いかけて青年は目を開いた。木の陰から赤毛に近い茶髪で色白の少年が出てきたのである。見た目は3年程前に成人を迎えている青年よりも幼い。零れそうな程大きな目が印象的だった。 「誰?」  そう聞いてきた少年と目が合った瞬間、青年の心臓はどくん、と大きく脈打った。それも束の間であり、まるで青年から隠すように少年の顔は赤い布で遮られて見えなくなった。 「湖白様?」  少年を遮った赤い布は"湖白"と呼ばれた男の着物の袖だった。男は少年を守るように掌で少年の目を覆い、青年を睨みつけるように見つめる。その瞬間青年はゾクリとした恐怖を感じ、肩を竦めて固く目を瞑った。  再び目を開けた青年が居たのは山奥ではなく、よく見慣れた山の麓であった。 「あれが化かし狐……?」  鋭い目付きで睨みつけた男は半狐面を付けており、頭には確かに2つの獣の耳があった。  先刻の恐怖に山に足を踏み入れた事を後悔したが、それ以上に化かし狐と共に居た少年に興味を持ってしまった。たった一瞬で青年の心は奪い去られてしまったのだ。 「明日、もう一度行ってみよう」  そう言って青年は村へと帰っていった。

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