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【番外編】僕の理学療法士さんに恋しています (1/3)

 初めて、恋愛感情を持って同性にキスしてしまった。  そのことに、俺自身が一番驚いている。  相手は、俺の怪我のリハビリを担当してくれてる理学(りがく)療法士(りょうほうし)さんだ。年は俺より三つ上。  彼に初めて会ったのは、練習中の怪我で運び込まれた、整形外科の診察室だ。 「綺麗な人だな」  第一印象は、素直にそう思った。髪も肌も色素薄めで、切れ長の二重の(まぶた)を縁取る睫毛(まつげ)が長くて。薄く引き結ばれた唇だけがほんのり(あか)い。彼が女性だったら、好みのタイプだとも思った。俺は昔から、いわゆるタヌキ系の可愛らしいタイプより、キツネやネコみたいなシャープな美人顔が好きなのだ。  同時に、彼がすごく神経質そうで、落ち着かなさそうな様子も気になった。  案の定、診察室を出て今後の予定について話すと、妙に(かたく)なで、俺に敵意すら感じた。それを指摘すると、スター選手は傲慢(ごうまん)だとか言い出す。過去担当した選手に、どんな嫌な思いをさせられたか知らないが、患者にこの態度はないだろう。俺が苛ついたことに気づいたマネージャーが取りなしてくれなかったら、喧嘩していたと思う。  しかし、理学療法士としての彼は、噂に違わず優秀で、いざリハビリが始まると的確なトレーニングメニューを提案してくれた。回復を焦る俺に、このタイミングでやって良いこと・やってはいけないことを、端的に教えてくれる。たまに不安で愚痴をこぼしても、嫌な顔ひとつせず、受け止めてくれる。  次第に俺は、彼なしで競技復帰するのは無理なんじゃないか、とまで思うようになった。 「個人的にも俺のトレーナーをして欲しい」  そう頼んだのも、清水(きよみず)の舞台から飛び降りる覚悟だった。断られたら凹む自分が、容易に予想できたからだ。あまりに必死で、彼の手さえ握りしめていたことに気づいた時。彼は薄っすら頬を染め、上目遣いで頷いていた。 (あれ……? 俺、もしかして、この人に『付き合ってくれ』って言った?)  一瞬そう錯覚するくらい、彼が色っぽいことに、ドギマギした。  自分が性的な目で彼を見ていることに気づいたのは、プールで溺れた彼を助けた時だった。たまたまロッカールームに行ったお蔭で、彼が気管支(きかんし)喘息(ぜんそく)の発作を起こしていることに気づいて、助けることができた。なんであの時、俺がロッカールームに向かったか、これも理屈ではうまく説明できない。  幼い頃に小児喘息の発作で亡くなった弟が教えてくれたんじゃないか。俺はそう思っている。  青い顔をして、濡れ鼠のままで、エアコンの冷風に打たれ、身体をこわばらせてヒューヒューと喘鳴(ぜんめい)音をさせていた彼の絶望的な瞳を見た時の恐怖と言ったら……。  吸入薬を見つけることができて良かった。俺のバスタオルだけでなく、俺の身体で彼を包んで温めてやったのも、純粋に、俺のせいで目の前で喘息で亡くなる人を二度と見たくなかったからだ。彼の発作が収まった時はホッとした。  シャワーを浴びるよう彼に言ったのは善意だったが、ついて行ったのには、やましい気持ちもあった。そこは正直に認める。彼が服を脱いでる時、肝心のところはしっかり見たし、シャワーカーテンの隙間から覗く、ほっそりした背中や腰のラインにも、俺は密かに興奮した。  同じ男だけど、本当に自分と同じ生き物なんだろうかと思うくらい、なんなら、当時付き合ってた彼女より、彼は細くて儚げに見えた。  一方、経験豊富な理学療法士として、力強く根気強く俺のリハビリをリードしてくれるところは頼もしく、心根や発言の男前っぷりには、変な意味でなく、同性として惚れている。  そして、弟を亡くした俺の心の古傷にも真っ直ぐ向き合い、優しく慰め褒めてくれたのは心に沁みた。愛おしくなって、つい抱きしめてしまった。俺の服を着た彼は、首も胴も圧倒的に細くて、ああ、こんな華奢な人が俺のリハビリでは、力一杯押したり引っ張ったりしてくれてたのかと、胸が熱くなった。  ……でも、この頃はまだ、彼に対して自分が抱いている気持ちが恋愛感情だとは、認められなかった。俺には、同性との恋愛経験はなかったから、まさか自分が男を好きになるなんて、考えられなかったからだ。  その矢先のことだ。  俺が当時同棲してた彼女に振られたのと、社会人バスケの他チームの先輩である、三芳(みよし)さんと出くわしたのは。

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