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【番外編】僕の理学療法士さんに恋しています (2/3)

翔琉(かける)、怪我してから私のこと全然見てくれない。もう私のことなんか、どうでも良いんでしょ」  寂しげにそう言い放ち、彼女――今や元カノだが――は、二人で同棲した部屋を出て行った。 「元患者と担当PT(理学療法士)」  焼肉屋で偶然出くわした三芳(みよし)さんとの関係を、樹生(いつき)さんはそう言い切ったが、彼ら二人の間には、ただならぬ空気が漂っていた。元カノから事務的な電話が掛かってきたせいで、席を外さざるを得なくなったものの、俺は二人から目が離せなかった。ガラス越しで会話は聞こえないが、向こうからも俺が見える位置に立ち、プレッシャーをかけ続けた。樹生さんは表情を硬くしているし、三芳さんは馴れ馴れしく口説こうとしている風情だ。  三芳さんと言えば、女たらしで他チームの選手にまでその名が(とどろ)くほど有名だ。 (……まさか、女だけじゃ飽き足らなくて、樹生さんにまで手を出そうとしてないよな?)  アイツなら、やりかねない。そう思ったら、どうしようもなく胸がムカムカした。アイツの視線の先に樹生さんがいることすら許せない。 (樹生さんを、気安く見たり触ったりするんじゃねえ!)  内心そんなふうに毒づきながら、俺は、かなりあからさまに三芳さんを追い払った。縄張りを荒らされたオオカミみたいに威嚇した自覚はあった。彼はあっさり引き下がったのでホッとしたが、何とも複雑な気分だった。  これは嫉妬じゃないのか、と。  俺は、大切な友だちが、ろくでもない男の毒牙(どくが)にかかるのを黙って見ていられなかっただけだ。そう自分に言い訳したが、だからといって、まるで樹生さんが俺のもののように振る舞い、アイツを威嚇したのは、どう考えても理屈が合わない。樹生さんには今、特定の恋人はいないと確認して、ホッとしている自分にも困惑した。  樹生さんに対する自分の気持ちは何なのか。俺はひどく混乱した。  更に悪いことに、俺の挑戦的な態度は、三芳さんを刺激した。去り際の彼は、一見あっさりしていたが、俺を睨む目には敵意が光っていた。  怪我からの復帰第一戦の相手が、三芳さんの所属するゴールデンウォリアーズと知り、俺は覚悟した。 「きっと樹生さんのことで、何か言ってくるだろう」と。  嫌な予感は当たった。 「なあ、岡田。もう樹生とヤッた?」  彼はボールをキープしながら、ディフェンスについた俺が離れられないのを良いことに、厭らしい表情で話しかけてきた。 「……何のことスか。樹生さんは、俺のトレーナーで、良い友だちですけど」  俺は不機嫌を隠しもせず、ぶっきらぼうに答えた。 「なんだ、まだヤッてないの? アイツ、男が好きなんだよ。特にスポーツ選手が。チョロいから、頼んでみろよ。すぐヤラせてくれるぞ?」 「……いい加減にしてください。本人の許可もないのに、そういう微妙な話を他人に喋るとか、悪趣味ですよ」  なんて下衆(げす)な男なんだ。俺は軽蔑の眼差しで奴をチラッと見た。 「カッコつけやがって。お前、樹生が好きなんだろ? 番犬みたいにアイツの周りウロウロしてさぁ。目障(めざわ)りなんだよ。とっととヤッたら? 親切に言ってやってるのに。アイツのフェラ、なかなかのモンだぜ?」  奴はニヤニヤとした笑みを口元に浮かべながらも、目は全く笑っていなかった。  コイツは、俺を怒らせたいのか。マウンティングしてるつもりなのか。それとも、傷つけたいのか。 「すぐ色恋に結び付けるの、やめてくれません? 彼と俺は、そういうんじゃないスよ」 「へえ、岡田さん、カッコい~。ちな、アイツの処女貰ったの俺だから。お前がその気ないんなら、俺、もっかいアイツ口説くけど。良いよね?」  自分が樹生さんの最初の男だとマウント取りながら、口説いて良いかとは何だ。 (……これ、もしかして、女子の間でよくあるアレか? 『〇〇君のこと好き? 違うの? 良かった、じゃあ盗らないでね』みたいな牽制?) 「……三芳さん。樹生さんとは、ちゃんと付き合ってたんですか? 今後も真面目に付き合う気、あるんスか?」  探るような目で俺は彼を睨む。彼は、獲物が針にかかったとばかりに得意げな表情を浮かべた。 「アイツのほうは、付き合ってたと思ってたんじゃない? 俺はセフレとしか思ってなかったけど。いやー、さすがに男のセフレは俺も初めてよ」  俺の頭の中でブチブチ何かが切れる音がした。  せめて、真剣に付き合って別れたなら、まだ許せた。だが、樹生さんの生真面目な性格からして、初体験を捧げる相手が遊びとかありえない。彼の純粋な気持ちを(もてあそ)んだことが許せなかった。  あまりの怒りで、ディフェンスの低い姿勢から棒立ちになり、真顔になった。俺の怒りに対して奴が一瞬、嬉しそうな表情を見せたことに更にムカつき、震える拳を握りしめ、奴の顔面に躊躇なく叩きつけた。  そこまでの暴力を想定してなかったのか、彼は斜め後ろに倒れ、尻餅をついた。馬乗りになり、胸ぐらを掴んで手繰(たぐ)り寄せ、俺は彼の顔にもう一発ぶち込んだ。奴もムキになり、俺を殴り返そうと手を出してきたが、身長差がある分、リーチは俺が有利だ。身体を引いて軽くかわした。  審判と両チームのコーチが慌てて俺たちを羽交(はが)い締めにして引き離すまでの間に、ボディにも数発パンチをぶち込んだ。

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