審判からは一発退場を言い渡された。まぁ当然だ。心中には嵐が吹き荒れていたが、呆気に取られているチームメイトの顔を見た瞬間、申し訳なさが襲ってきた。 「すいません。個人的なことで、感情的になりました」 　キャプテンに謝ると、彼は口籠(ご)もった。 「おお……、ビックリしたけど。お前がこんなに怒るなんて、よっぽどのことなんだろ？　試合終了まで、頭冷やしとけ」 　マネージャーは憤慨していた。 「翔琉(かける)！　お前、何てことしてくれるんだ！　三芳(みよし)選手と何があった？　随分話し込んでたみたいだけど」 「すんませんでした。……けど、個人的なことなんで。何があったとか、そういうのは、勘弁してください」 「怪我からの復帰初戦で、一発退場だぞ？！　事の重みを分かってるのか！　勘弁してくださいの一言で済むと思ってんのか？！」 　俺がむっつりと貝のように口をつぐんだのを見て、マネージャーは大きな溜め息をついた。 「……全く。ここまで怒ったお前を喋らせるのは無理だよな。良いよ、理由は聞かない。その代わり、試合が終わるまで、絶対ロッカールームを出るんじゃねえぞ。分かったな」 　更に重たい処罰を食らうのだけは許さないと凄まれ、俺は、しょぼくれてロッカールームに向かった。 　そこには誰もおらず、しんと静まり返っていた。試合中とはいえ、普段は、スタッフや控えの選手がうろついている。今日は、顔色を変えて相手選手を殴りつけた俺に、みんなが気を遣ってくれたんだろう。ますます申し訳ない。 　誰が見ている訳じゃないけど、俺は頭からタオルを被(かぶ)った。あまりに色んな感情の糸が縺(もつ)れ、未だに胸がバクバクと強く早く鳴っている。こめかみの血管もズキズキする。コーチやキャプテンにも言われたけど、俺自身も『頭を冷やすべきだ』と思った。 　樹生(いつき)さんを弄(もてあそ)んだ三芳(みよし)さんに対する怒り。 　初めてを捧げるくらい必死だった相手から、セフレとしか思われてなかった樹生さんが気の毒だと思う気持ち。 　そして、樹生さんの過去の恋愛絡みで、こんなに自分の感情が激しく揺れ動いたという事実。 　……もう、ここまで来たら、認めざるを得ない。俺は、樹生さんが好きなんだ。 『自分の気持ちに気付いたのは良いけど、これからどうしよう』 　動揺は、なかなか収まらなかった。 　そんな時、ロッカールームに誰かが入ってきた。俺の前に立つ足元で、樹生さんだと分かった。彼は、俺の態度が良くないと叱った。 （そんなの、言われなくても分かってるよ！　なんで俺がルールを守れなかったのかを聞いてくれよ！！） 「樹生さん。三芳と付き合ってたって、ホントですか」 　気が付けば、俺の口からは、樹生さんを責めるような言葉がこぼれ落ちていた。彼の顔を見上げて、俺は堪(たま)らない気持ちになった。軽く眉をひそめ、目のふちと頬を赤らめ、戸惑った表情を浮かべた彼は、間違いなく恋をしていた。しかも、ひどく色っぽかった。 （アイツに抱かれて、嬉しくて、気持ち良かったんだ……） 　樹生さんは一言も発さなかったが、態度から、身も心もアイツのものだと思い知らされて、俺はひどく打ちのめされた。 「……まだ、アイツが好きなんすか」 　自らの胸を抉(えぐ)り、傷口に塩を擦り込むような質問だと思ったが、聞かずにはいられなかった。樹生さんは、不機嫌そうな表情で、俺を突き放した。 「お前に関係ないだろ？！」 「ありますっ……！！」 　胸の痛みに耐えるのも、限界だ。俺は声を絞り出し、勢い良く立ち上がった。驚いた樹生さんは、身を引き、後ろのロッカーに背中をくっ付けている。俺はそうっと近づき、両腕をロッカーに突いて、彼の逃げ道を塞いだ。 『なぁ、今ならまだ引き返せるから。これ以上は、やめとこうぜ』 　彼は、そう言わんばかりの表情で、訴えるように俺を見ている。 　ごめん。もう手遅れだ。 　俺は樹生さんが好きだ。恋心を打ち明けるや否や、彼に口付けた。逃げないよう腕の中に抱き留めて、そして改めて強く口付けた。一度目は『俺は真剣だ』と伝えるキスだったが、二度目は、性的アピールだった。鳥や魚の雄が踊り、自分の魅力を見せて求愛するように、俺のキスに何か感じてくれたら、アイツより少しでも魅力があると思ってもらえたらと。こんなエロいキスを、こんなに必死にするのは、人生で初めてかもしれない。 「……ふ、んっ、はぁっ……」 　期待以上に彼は敏感に反応し、小さく震え、俺の腕にしがみついてきた。その喘ぎ声の艶めかしさに煽られ、焦らすように舌をゆっくり絡めると、ぶるっと身震いし、彼は泣きそうな顔で俺の胸を押した。 　力で彼を抑え込むことは難しくはない。でも、彼を傷つけたり泣かせたりしたくない。俺が欲しいのは彼の身体だけじゃなくて、心もだから、無理やり奪っても何の意味もない。その躊躇で、俺の腕は緩んだ。 （ちゃんと感じてくれてたはずなのに、どうして……？） 　訴えるように彼を見ると、きゅっと眉をしかめ、葛藤に耐えるかのような表情を浮かべ、彼は俺の腕を振りほどいて走り去った。 　追いかけたかったが、反則の罰としてロッカールーム缶詰を言い渡されているのに、ここで勝手に抜け出したら、更に重い罰を課されてしまう。これ以上チームに迷惑をかけるわけにはいかない。俺は地団太(じだんだ)を踏む思いで、何度も樹生さんに電話やメッセンジャーで連絡した。しかし全く反応がない。 　樹生さん。 　俺は真剣にあなたが好きです。三つも年下じゃ、頼りないですか？　でも、俺は、あなたを傷付けたアイツみたいに、よそ見なんかしない。あなたを幸せにするために、俺ができることなら、何でもしてあげたい。 　＊＊＊ 　樹生への想いで胸を焦がす翔琉が、思い余って樹生の自宅まで押し掛け、 「次の試合で三芳より多く得点したら付き合って欲しい」と改めて求愛するまで、あと二十七時間。 　次のウォリアーズ戦で、翔琉の個人得点が惜しくも二点差で三芳に負けるまで、あと一か月。 　三芳に得点で負けて落胆した翔琉を待ち受け、自分も好きだと樹生が気持ちを伝えるまで、あと一か月と一時間。