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【番外編】おやすみとおはようと~200日目のプロポーズ(第一夜)

「ただいま」  靴を脱ぎながら部屋の中に向かって俺は声を掛けるが、同棲中の恋人からの返事はない。足音を忍ばせ、そうっと寝室のドアを開ける。 (寝ちゃったかな……?)  俺の恋人・滝沢(たきざわ) 樹生(いつき)は、服を抱き込み、こちらに顔が見える横向きに寝ていた。ほっそりした頬に、睫毛(まつげ)が影を落としている。付き合って半年以上経っても、未だに見とれてしまうくらい綺麗だ。だが、恋人になって初めて見れるようになり、嬉しくて堪らないのは、彼のリラックスした姿。今だって、時折むにゃむにゃ口元が動き、子どもみたいにいとけない。しかも、彼が抱き込んでいるのは、俺のTシャツじゃないか……。あー、もー、可愛すぎるだろう!! 口元がにやにやと緩んでしまう。  世間では『ネコを吸う』とか言うけど、彼にとっては、俺を吸うのが癒しらしい。 「翔琉(かける)の匂いを嗅ぐと、落ち着くんだよね」  最初、彼は少し照れながら打ち明けてくれた。そして、「良い?」と遠慮がちに聞いてから、俺の胸に顔を埋めて深く息を吸い込んでいた。俺が嫌がるどころか、むしろ喜んでいるのを知ってからは、遠慮なく吸ってくる。疲れた時や落ち込んだ時、愛情を実感したい時。彼は俺にしがみついて、色んなところを吸う。胸とか背中とか首筋とか。時には脇の下まで。 「俺、臭くない?」  心配になって聞くのだが、彼は幸せそうにへへっと笑うのだ。 「ううん、全然。男らしくて、良い匂いだよ」  仕事中の彼は、患者のフィジカルな怪我や病気の回復をサポートするプロだ。医療関係者らしく、献身的で慈愛深い笑みを絶やさない。そして、患者の病状を見極めようとする真剣な表情は凛々しい。  だけど、俺は知っている。ごく僅かな、人の表情や声色の変化ですら敏感に読み取り、いとも容易く心を揺れ動かす繊細な人だ。それと、意外と甘えん坊だ。  キリっとしたオンの顔と、ほわほわして甘えん坊なオフの顔のギャップを知っているのは俺だけだ、と思うと自慢したくなる。  寝ている彼を起こさないように、そうっと彼の頭を撫で、髪を梳いた。すると、ネコが喉を鳴らす時のように目を細めた気持ち良さげな表情で、「もっと撫でろ」と言わんばかりに、俺に向かって頭を突き出してくる。 「ふふっ。樹生、俺のTシャツ吸ってたの? 本人が帰って来たけど、こっち吸う?」  俺が悪戯っぽく耳元にわざと息を吹きかけながら囁くと、くすぐったそうに首を竦めながら、「んー」と俺に向かって両手を差し出してきた。今日はすごく素直だ。  俺はベッドに横たわりながら、彼を抱き寄せる。彼もすぐに俺に抱き着いてきて、クンクンと匂いを嗅ぎ始める。 「あー、翔琉だぁ。おかえり」  満足げに溜め息を漏らし、俺の脇の下に鼻先を突っ込んでいる。  本当なら、このまま寝かし付けてあげたほうが良いのは、百も承知だ。彼の仕事は朝早いし、理学(りがく)療法士(りょうほうし)の仕事は肉体労働でハードだから。でも、俺も彼を味わいたい。こめかみや頬、そして唇の端っこに優しくキスを落とすと、素直に顔を上げ、ねだるように唇を尖らせている。軽く唇同士を重ね合わせ、すぐに引くと、鼻を鳴らして追いかけてくる。俺は内心ほくそ笑みながら、彼を焦らす。ちょっと愛撫して、引く。それを何度か繰り返すと、彼はもどかしげに自分から舌を俺の口に差し入れてくるのだ。  舌を味わいながら、背中に回していた手で背中を上下に撫でさする。身体の前面は、胸から腰へと、線を引くように指先でなぞる。腰骨を撫でると、耐えかねたように色っぽい声が漏れる。 「んんっ、ふうっ……」  俺の首に両手を回して強く引き寄せ、濃厚に口づけてきた彼は、手をそのまま俺の背中に下ろしたかと思いきや、着ていたスウェットをぐいぐい頭の方へ引っ張っている。おいおい、もう脱がす気か? 今日は積極的だなぁ。俺が満更でもない気分でスウェットを脱ぐや否や、すぐさま彼は唇を俺の身体に這わせていく。喉元を過ぎて、鎖骨へ。そこから少し右にズレて、俺の乳首を咥える。快感を予想して、俺は息を呑む。 「ああっ……。きもちいよ、樹生」  歯を立てず、赤ちゃんが吸うように吸い上げられると、そこに血が集まって、敏感になる。 「昔は感じなかったのになぁ、そこ。すっかり樹生に開発されちゃった」  ついポロリと打ち明けると、樹生は、パッチリと目を開いた。目の前の乳首が固く赤く立ち上がっているのを確認して、彼はうっそりとした笑みを浮かべる。 「……下も。勃っちゃった」  秘密を打ち明けるように耳元に小声で囁くと、悪戯っぽい表情で、そっと俺の俺を手で掴んできた。まだ完勃ちではないが、確かに芯を持っている。 「ふふふ」  得意げにそこを撫でさすりながら、彼の唇は俺の胸元を彷徨う。 「ああ、樹生、ダメだよ。そんなんされたら、俺、最後までしたくなっちゃうよ?」  駄々をこねるように鼻に掛かった声で甘えると、彼は、何と俺のズボンまで脱がせようとカチャカチャ音を立ててベルトを外し始める。前を寛げ、下着をずり下ろすと、いきなりパクッと俺の愚息を口に含むではないか! 練習の後、シャワー浴びて着替えて帰宅してるから、汚くはないはずだが、割と潔癖な彼にこんなことをされると、余計興奮する。しかも、彼も興奮しているのが、下腹部にかかる彼の呼吸が荒いことで手に取るように分かる。 「えっ、ちょ、樹生……。もー、知らないからね?」  少し怒っているかのような言い方は、平日にエッチしようとすると、普段は大体断られるからだ。睡眠時間が減るし、身体にこたえるのだそうだ。俺としては、彼を悦ばせてあげたい一心だし、いつも彼が感じてるか、言葉でも身体でも確かめながら抱き締めているので、「身体がキツい」と言われるのは不本意なのだが……。

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