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【2】09

帰宅後、風呂上がりの高岡さんに一連を報告すると、顛末を聞いた高岡さんは漫画みたいに口を開いた。細長いタオルをぺろんと頭にのせ冷蔵庫から取り出したばかりのペットボトルを持ったまま静止していた。 「え、そ……それでどうしたの?」 「いやいややめてよー、みたいなこと言って逃げましたけど」 「え……、なにそれ解決してねぇじゃん」 高岡さんはふたを開けたペットボトルに結局口をつけないままもういちどふたを閉めた。そしてタオルに手を伸ばし、焦りをそのまま示すように乱暴に頭を拭いて、俺を見た。目もとも口もとも、やり場のないあせりを滲ませていた。 「ご、ごめんな伊勢ちゃん、俺がうかつだった」 「え? いやべつに……」 「あーどーしよ、口止め料とか言って変なことされちゃったらどうしよう」 「いやそれはないでしょ」 「は? なんでそんな悠長な……」 「あ、でも高岡さんこそなんか言われるかもしれないですね」 「え、なんで?」 「だってあいつたぶん高岡さんのこと好きだし」 そう言うと、高岡さんの表情が変わった。ふだんの高岡さんならば、しまりのない顔でほほえみ、「伊勢ちゃん妬いてるの?」と返していただろう。ところが今、ふたりの間に甘やかなジョークが入る隙間など一切ない。 「……前からつっこみたかったんだけどさ、お前それ本気で言ってんの?」 「え、本気ですよ。高岡さんだってあいつはゲイって言ってたじゃないですか」 「そうじゃなくてさ、見てれば分かるだろ? あんなに分かりやすくアピールしてるんだから」 「は? なにがですか」 「え、マジ? とぼけてるんじゃなくて? ほんとにそこまで鈍かったのかよ……」 「だからなんなんすか」 高岡さんの口調がきびしくなっていくので、つられて俺もどことなく不愉快な気分になってしまった。高岡さんは目を伏せてため息をつく。 「あいつは伊勢ちゃんのこと好きなんだよ」 なんでわかんねぇんだよ、と語尾につきそうな言い方だった。 「え、いやそれは違うと思いますよ」 「……なんで?」 「えーだって、俺あいつといてそんな雰囲気感じたことないですよ?」 「……だからそれは伊勢ちゃんが鈍いからだよ。こないだの試合の日だって、あんなに分かりやすく俺に見せつけてきただろ」 「鈍くないですよしつれーな!」 「……いやほんと、冗談になんないから」 高岡さんはいつになく真剣な表情をしている。俺には、なぜ高岡さんが必死になって黒部を危険因子だと区別しようとしているのか分からなかった。積極的に先輩をたててくれるあの後輩が、悪意を持ってなにかするとは考えられないのだ。「口止め料」についても、真剣に受け止めてしまうなんてばからしい。俺には、冗談のひとつにしか聞こえなかった。 しかし高岡さんからすれば、そんな俺の考えの方が信じられないのだろう。 「現状、弱味握られちゃってるんだからさ……なんかあったらどうするんだよ。お前が一方的にいい後輩だって信頼してようと狙ってるような危ない奴はいるんだからもっと危機感持てよ」 「危ない奴って……俺、高岡さんのことだって信頼してましたよ!」 ちょっとしたい嫌味のつもりだったが、口にした瞬間、しまった、と思った。高岡さんが目を見開いた。黒い目が、俺の言葉を吸収して感情的にゆれるのを見た。 高岡さんはそれ以上言い返すこともなく、くちびるを噛んだ。やわらかさを知っているあの唇に前歯がつきたてられ、その痛々しさに思わず視線をそらした。視線がはずれると、ごめんなさい、を言えなくなってしまう。

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