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【2】13

しんしんと降り注ぐ静寂が耳を冷やす空間で、うつむくことしかできない。 「黒部って一人暮らし?」 「……」 「じゃあ伊勢ちゃんとふたりっきりだったってことか」 返事ができない。黙ることは認めることと同じだ。それでもくちびるは意味のないものとして顔に張り付くだけだった。 しかし次の高岡さんの言葉で、ついに黙ってもいられなくなった。 「で、なにしたの? 添い寝でもしたの?」 「え!? いや、そんな!」 「フェラくらいしてやった? それとも騎乗位とかした?」 「い、いやそんな、なんもしてないですよ!」 「なにもしてないわけないじゃん」 「なんでですか!? 本当です! 信じてくださいよ!」 「なんもしてないんだったら隠す必要ねぇだろ。まあどっちみち隠し切れてなかったけど」 部屋に行った、なんて言ったら怒られると思った。だから隠した。そのせいで、高岡さんの脳内で俺と黒部は一線を超えたことになってしまった。強く否定し、なに馬鹿なこといってんすかと怒りたいが、なまじ隠し事をした罪悪感があるために、強く出られない。 混乱しうつむいたまま顔を上げられないでいるうちに、ゆらりと影が揺れた。そのことに気付くのが、一歩遅かった。 「い、った……!」 気づけば強引に腕をひかれ、シーツに押し倒されていた。強く握られた手首のすじに、はらに爪まで立てられ鈍い痛みが走った。おおいかぶさってきた高岡さんの表情は、部屋の電灯をバックに背負っていて読みとれない。 「俺言ったよな? 黒部には近付くな、気をつけろって言ったよな? バカなお前でも分かりやすいように説明してやったよな?」 「あ……あの……」 「なんでやるなよって言ってることを言ったそばからすんのかな、俺もう伊勢ちゃんの考えてること全然わかんねぇや」 「た、高岡さ……」 「あーそっか俺を怒らせて痛いセックスしたかったんだ、それじゃない? それなら納得だよ、ほんとにドMだね」 せめて笑ってくれれば良かった。いつもみたいに笑って言われたら、俺もいつもみたいに「ばかじゃないですか」と言えていた。しかし今、ばかなのは俺ひとりだ。 --- その日のセックスは痛かった。雑な前戯のすえ押し込まれた力任せの行為そのものも、少しも動かない高岡さんの表情も痛かった。心臓がつぶれて血が出ていそうに痛い。高岡さんはがんがんと作業的に腰を打ちつけている。 「ふ、んあ、あっ」 高岡さんの表情はかたくなったままだ。いつものような「すき」とか「かわいい」なんて、そのまがった口もとからは絶対にこぼれてこないだろう。 「あ、っあ、あんっ」 凝りかたまった時間のなかに、俺の嘘くさい嬌声だけが響いている。行為が激しくなるごと、俺は喉をひくつかせて無理やり喘ぐ。いつもより甘く、高く、喘ぐ。俺が声をあげるたび、高岡さんはますますきびしい表情になる。いつもみたいに色んな角度や体位を試したりしない。ひたすらに正常位で、それが義務であるかのように淡々と腰を動かすだけだ。 「ふ、ぅっ」 「きもちい? 良かったな、俺ぜんぜん気持ち良くないよ」 「う、んっ、うっ」 「良かったな、こうしたかったんだよな」 ほんとうは抵抗したかった。けれど俺が泣いていやがって抵抗したとしても、高岡さんはやめないだろう。そうしたらその行為は「強姦」になってしまう。それがいやだ。俺は愛のないセックスで興奮する趣味はないし、高岡さんをそういう人に仕立てたくもない。だからがんばって甘く喘いで、高岡さんが落ちついてくれるのを静かに待っている。高岡さんは精神的に追い詰められたとき、光のさしこまない目をする。この目で覆いかぶさられるのは、こわい。 そう、こわい。俺はときどき高岡さんがこわい。 (伊勢さん、つらくない?) 情事の生臭さがたちこめるワンルームで、どこからともなく黒部の声が聞こえた。その幻聴をかきけすために首を振ったら、その衝動にまぎれて涙がこぼれてしまった。

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