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【2】16
帰宅するなり、強く抱き着いて首に腕を回した。くちびるを奪い、熱い舌をねじこむように誘い出す。おそらく高岡さんは、そんな気分じゃなかっただろう。わかっているのに遠慮はせず、俺のほうからしかけて、なめて、のっかった。おそらくそんな気分ではないのに、愛撫すれば反応してくれるのがかわいかった。
正常位、後背位と次々試して、対面座位の状態に落ち着く。質量のあるものを内側におさめたまま、思い切り抱きついて首もとに顔をうめるとふたをしていた感情があふれた。ばれないように、鼻をすすってこらえた。
「……なんで伊勢ちゃんが泣くの?」
顔は見られていないはずだ。それなのに高岡さんは、俺の変化をやすやすと見破ってしまうのだった。俺は寄りかかっていた身体を起こし、腕でごしごしと涙をぬぐった。
「す、いません……高岡さんの方が泣きたいですよね」
「いや、そういうことじゃないけどさ」
「な……なんか止まんなくなって……」
一度涙が溢れるとどうすればいいのかまったくもって分からなくなり、解消できない分の涙があふれ、泣けば泣くほど嫌な気持ちになる。黒部の言葉を思い出して、ということもあるし、泣きも怒りもしない高岡さんの前で俺ばかりが感情的になっていることにも恥ずかしくなる。
「さすがに俺でもわかりました」
「なにが?」
「あいつ、俺にちょっかいかける分にはまだいいけど、高岡さんにひでぇこと言って、ほんっとに信じられない」
あの言葉がすべて俺に向けられたものだったらよかった。うるせーよと笑って終わりだ。しかし高岡さんのこととなると、そういう雑な決着がつけられない。見えないところに出来た内出血みたいに、じわりじわりといやな熱が残りつづける。
「……伊勢ちゃんにちょっかいかけるのもだめだよ」
「じゃあ、だめです。あいつのやってることぜんっぶダメだ。あいつはサイテー野郎だ」
だから子供のように愚痴をたれるだけだ。弱虫になりさがったようで悲しいけれど、口を割らない高岡さんの代わりに俺がいくらでも言ってやるのだ。
そう、高岡さんは今回の一件について何も言わない。黒部の前で言い返すことも、感情を爆発させることもない。俺に気を遣っているのだろうか、それとも言い返せないくらい落ち込んでいるのだろうか。
ふいに高岡さんの腕が背中へしっかり回り、いっそうきつく抱きしめられた。そして想像とはまったく違う言葉が、耳をくすぐった。
「俺でも、ちょっとうれしかった」
「え?」
「いや、黒部に言われたことは本当にショックだったんだけどさ、図星だったから。でも伊勢ちゃんがお前には関係ない、ってはっきり言ってくれたときうれしかった」
俺は高岡さんが、黒部の言葉に傷ついている前提で考えていた。いや、当然傷ついてはいるのだろう。しかしそれでも、俺への感謝を述べる。高岡さんのこういうところが好きで好きで仕方ない。さらに泣きそうになるからくちびるを噛む。
「伊勢ちゃんは俺の恋人なんだな、って思った」
「……そうですよ、つーか前からそうなんですけど」
「そうだな、うれしい」
「ずっと恋人ですよ。ずっと。……俺こんなだから、今回みたいに高岡さん不安にさせちゃうことあるかもしれないけど、でもほんとに……高岡さんのこと好きなんです。高岡さんがつらかったら俺もつらいし……いや、俺が言えることじゃないんですけど……あーうまく言えない……」
何を言っても嘘くさく響く気がする。俺なんかには到底言う権利のないものに思える。どうすればいいかわからずうつむいてしどろもどろになっていると、ふいに両頬をてのひらで包まれた。そしてキスされ、またきつく抱きしめられた。
「伊勢ちゃんで良かったなあ」
どうしてこの人は、今日みたいな日にこんなにやわらかな溜息をつくことができるのだろう。余計に涙があふれてしまった。高岡さんは傷つきやすいけれど、同時にしなやかな強さを持った人だ。
いつの間にか俺は、高岡さんのために泣き、高岡さんに癒される人間になっていた。
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