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第3話

晴人は朝、意識的に早起きをするようにしている。健康のためでもあるが、心身のバランスを崩し、自堕落な生活になり、体力も大幅に削られてしまったからだ。ランニングに行く時もあるが、めんどくさい時は家の周りの掃き掃除や雑草抜きをしたりしていた。    そして、今日はカフェほしみやの定休日だ。  久々に身体を動かそうと、ジャージに着替えて、ランニングシューズを履く。ちなみに理華は朝に弱い。休みともなれば、昼ごろまで起きては来ない。  理華を起こさないよう、そうっと玄関を閉める。駐車場に出て、身体や足首を伸ばす。 星宮家の駐車枠は二枠あり、姉のクラウンの横の駐車枠が空いているので、そこでストレッチをしていた時、クラウンのフロントガラスに何か挟まれているのに気がついた。 「ん」  一枚のパトロールメモだった。日付は昨日の夕方ごろ。姉が帰ってきて、すぐに挟まれたのだろう。名前のところには『藤白駅前交番 三浦』と書いてある。  手に取り、裏のメッセージを確認する。 『特に異常はありませんでした』とボールペンで書かれていた。  その横の不動文字の『周辺をパトロールしましたが、異常はありませんでした』という欄にも丸が振ってあった。 「同じこと書いてる」  晴人はくすりと笑う。わざわざ書かなくても、不動文字の方を丸するだけでいいのに、いちいちメッセージをつけてくれている。  そんな三浦の優しさに対して、無性に嬉しさを感じた。確かに不動文字に丸を振るだけで済ますのと、何か一言でもメッセージを残すのとでは心証が違ってくる。誰でも何か一言あれば安心するだろう。  そして、それを三浦に教えたのは晴人だった。   パトロールメモとは警察官が犯罪抑止や防犯のために警戒や巡回をした時に投函されるものだ。  普通ならその家の郵便受けに投函されるものだが、車両の盗難が相次いでいることから犯人への牽制への意味も込めて、今回はワイパーに挟んでいったのだろう。  そして三浦からのパトロールメモが来るのは初めてではない。  初めてパトロールメモが挟まれたのは三浦がカフェほしみやに来て、二日後のことであった。  その時は『この前はすみませんでした。お料理、美味しかったです。また食べに来ます』とコメントされていた。  それから三浦は本当に何度か店に足を運んでくれた。だが晴人は何となく会うことに気が引けてしまい、何かと理由をつけて、厨房から出ないでいた。もちろん三浦も無理に会おうとはしなかった。  『犯人を捕まえる』と宣言され、手を握られた時の暖かい感覚をまだ覚えている。三浦からのパトロールメモを見ると、その時の感情を思い出す。安堵するのだ。  晴人の警察官時代、三浦は警察学校から出たてで、理想に燃える警察官という言葉がぴったり当てはまるような新人だった。何事も一生懸命に仕事をし、困っている人を助けようとして、日々邁進していた。  だが次第に理想と現実の乖離に悩み、落ち込んでいく。警察官の仕事は感謝されるものばかりではない。一生懸命やっても、守るべき市民から苦情や文句を言われることの方が多い。  それに悩んでいる三浦を晴人が励ましたこともあった。  不思議な感覚だった。晴人は三浦が刑事課に入る前に辞職したから、三浦について初々しい新人というイメージしかない。噂で機動捜査隊へ行った話を聞き、優秀なんだ、という感想は抱いたものの、いまいち結び付いていなかった。  それに告白された時も、晴人よりも必死な顔をしていたから、まだ子供っぽいなあ、と思ったことを朧げに覚えている。  『捕まえます!』なんて大きな声で店で宣言したりして、そういうところはまだ子供っぽい。  晴人はまたくすりと小さく笑った。以前とは違い、三浦が晴人を励ましている。何だか面白く感じた。

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