5 / 14

第5話

交番から出前の注文が入ったのは夕方の五時頃である。  カフェほしみやは夜間、ディナー営業をしているが、あまり客の入りは芳しくない。立地が駅に近いとはいえ、住宅街なので、夜は昼ほどに繁盛しないのだ。  そういう事情で理華が近くの病院や夜勤のある会社、工場、交番などから出前を受け付けることを決定したのが、一週間ほど前。  晴人は理華の指示通り、値段は全て五百円から六百五十円までに抑えたメニューを五種類ほど考案した。  そしてチラシを配ったり、ランチの時に宣伝して、ようやく今日出前の注文が入ったのだ。  交番からの注文は日替わり弁当が二つ。その名の通り、中身は日替わりで、主にランチの時に余った食材を使うのだが、それはお客さんには秘密だ。余ったものを使うと言いつつ、手は抜かない。美味しいものを作り、リピーターになってもらわねばならないし、何より美味しく食事をして欲しい。  電話をかけてきたのは三浦だった。ランニングの日から、毎日ではないものの、カフェに立ち寄ってくれるし、三浦の来店と晴人の休憩が重なると、共に食事をする。勿論、パトロールメモも欠かさない。今では結構な数が溜まってきた。  いつの間にか、三浦と会ったり、食事をしたりすることが晴人にとって楽しみになっていた。  しかし連絡先の交換もしていないし、知っていたとしても連絡はきっと、晴人からはしないだろう。  元同僚で、今は店員とお客さんの関係。三浦が店に来なくなったら、それで終わり。ランニングも運動総合公園まで足を伸ばすが、あの日以来会ったことがなかった。  めんどくさがりで、今まではたまにしか運動総合公園まで行かなかったのに、最近は頻繁に通っている。そこで三浦の姿を探し、会えないと気持ちを落とす。しかしカフェに三浦が来たり、三浦から出前の注文があると、嬉しくなる。  もう口にしなくても、晴人は自分が三浦のことを好きなのだということは自覚していた。  三浦は以前、強い口調で『守原さんを轢き殺した犯人を捕まえる』と断言していた。それに『守原のことで体調を崩した晴人を元気づけるため、犯人を捕まえたい』というようなことも話していた。  もしかしてまだ、とも思うが、いまいち確信が持てない。晴人は片想いしかしたことがない。自分から思いを伝えたこともなければ、両思いになり、誰かと好き合ったこともないのだ。ちなみに告白されたのも、三浦が初めてだった。  それに三浦は警察官だ。危険な現場に行き、時には自分の身の安全よりも市民や県民を守らなければいけない時がある。  もう誰も大切な人を失いたくはなかった。目の前で死なれるのも、晴人の預かり知らぬところでいなくなってしまうのもごめんだ。  それなら気持ちが大きくなる前に離れた方がいいのかもしれない、とも思うが、ずるずると先延ばしにしている。運動総合公園にも自分に言い訳をして、何度も行ってしまっていた。 「はぁ……」  ため息をつきながら、プチトマトを最後に入れる。  今日の日替わり弁当は野菜が多めだ。余ったものを使う、と言いつつ、三浦が食べるものだと思うと、つい豪華にしてしまう。生活が不規則な警察官のために栄養が偏らず、ボリューミーで、ヘルシーで、美味しそうで、見た目も良くて。 (また三浦くんが食べに来たいと思うようなもの……)  実はさっきのプチトマトもただのプチトマトではない。串に三つほど刺し、それをガスコンロで炙り、オリーブオイルと少々の岩塩を振り掛けている。普段はここまでしない。  出来上がった弁当を風呂敷に包み、箸を結び目に差し込んでおく。 「姉さん、行ってくるよ」 「はいよ、気をつけてね」  店で使っている軽のバンで配達へ行く。助手席に日替わり弁当を乗せると、晴人はシートベルトを締め、エンジンをかけた。  交番は車で五分ほどだ。  見えてきた交番の駐車場に、パトカーは停まっていなかった。 「不在かな?」  三浦が勤務している藤白駅前交番は駅の繁華街の中に建てられている交番で、来所者も多ければ、通報も多い。  会わない方がいい、と思いつつも、やっぱり期待してしまっていたので、少し残念に思う。  中に入り、晴人はカウンターの電話の横にメモ用紙があるのを見つけた。 『現場が入ってしまいました。明日お店にお代を払いに行きます。 三浦』  急いでいたのか、字は少し乱暴だった。メモを手に取り、ポケットに入れる。メモが合った位置に出前の弁当を置き、交番を出た。  今日は会えなかったが、三浦が明日店に来る。  車に乗り込み、にやけそうになる顔を晴人は必死に手のひらで伸ばした。

ともだちにシェアしよう!