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昼食会

(よ、よし。堂々と男らしく、威厳のある感じで……、だな)  魔王さまは強張った面持ちで、昼食会のテーブルに着いた。  向かいには、旅の装いから召し替えたルネ王子が座っている。セヴィーラ絹の青い衣装が眩いばかりの愛らしさを引き立て、王子は先ほどより数段パワーアップしていた。 (無理!!)  魔王さまは助けを求めて隣席のアルシエルに目で訴えた。アルシエルは魔王さまを勇気づけるように、険しい目線を返す。  昼食会の参加者が全員揃ったところで、アルシエルはこほんと咳払いをした。 「皆様、本日は昼食会へようこそ。ルネ殿下、私は魔王さまの側近で、アルシエルと申します。以後、お見知り置きを」  アルシエルはルネに会釈した。 「では私から、魔王さまのご家族および、本日の同席者たちをご紹介いたします。まずはこちらが――」  アルシエルは一番上座、他より一回り大きい椅子にかけた、壮年の男をルネに示した。男の頭頂部の左右には、湾曲した大きな角が生えている。 「我がネヴィスランドの君主、大魔王さまでございます。ご成婚の暁には、ルネ殿下の義理の父上となられます」  ルネは大魔王さまに恭しく礼を施した。大魔王さまは堂々とした佇まいでありながら、口元に柔和な笑みを湛える好々爺だった。一目で好感を抱いたルネは、慌てて気を引き締めた。 (優しげな顔で人を懐柔するのは、魔物の特技と聞いているぞ) 「魔王さまの御母君の大魔王妃さまは、既にお亡くなりですが――、こちらは大魔王夫人、魔王さまの弟ぎみのご生母であられます」  若かりし頃の美貌を彷彿とさせるしとやかな婦人が、大魔王さまの隣でルネに微笑みかけた。 「魔王さまの弟ぎみは現在、諸外国を遊学中ですので、帰国の際改めてご紹介します」  アルシエルは言った。  各省庁の大臣たち、宮殿の衛士長や女官長をはじめとして、ネヴィスランドの要人が次々と紹介された。そして料理が給仕され、和やかな雰囲気で昼食会は始まった。 (茶番だな。マファルダ・ネヴィスランド同盟に逆らわずにいるなら、あくまで婚約者として丁重に扱うぞ、ということか……)  ルネはちぎったパンを口元へ運んだ。 (パン!! パン食べてる! パン!)  魔王さまはルネにひたすら熱い視線を注ぐ。 (まるで小鳥のようだ……♡)  視線に気づいたルネは小首を傾げ、魔王さまににっこりと微笑んだ。 (ではこちらも、茶番につきあってやろう。宝玉のために、な) (あ゛あ゛あ゛! わ゛ら゛っ だ!!)  魔王さまは力強くペンダントを握る。 「ルネ殿下。ネヴィスランドの食事はいかがでしょう。お口に合うとよいのですが」  すっかり食事の手が止まっている魔王さまを肘で小突きつつ、アルシエルはルネに話しかけた。 「ええ、大変結構ですね」  ルネは愛想よく受け答える。  だが実際のところ、食事は素晴らしかった。いわゆる美食の類、贅を尽くした食卓ではなく、メニューはむしろ素朴で、部屋の装飾と同じく飾り気のないものだ。しかし食材の一つ一つが新鮮で、実に味がよい。特に野菜は素晴らしく、ルネは舌鼓を打った。  祖国セヴィーラは海抜が低く、数年に一度は決まって水害に襲われる。そのため農地が荒らされて、不作になることが多い。ネヴィスランド産の野菜はセヴィーラのものとは全く風味が違い、これが同じ野菜かと思うほどだった。あまり好きではない野菜まで、とてもおいしく感じる。 (食べてる! 野菜食べてる! 可愛い!) (あっ、お肉もちゃんと食べた。可愛い!) 「……魔王さま」  アルシエルは、大魔王夫人と談笑しているルネ王子に気づかれないよう、魔王さまに耳打ちした。 「魔王さま!」 「ハッ!!」 「魔王さま、見てばかりでどうするんです。せっかくの昼食会なんですから、お喋りをして親睦を深めないと」 「そ、そうであったな」  ルネ王子が目線をくれる。魔王さまは思わず微笑みそうになったが、威厳を見せる、というのを思い出し、慌てて顔を引き締めた。 (……ふん。腹の底で何を考えているのか、うかがい知れぬ男だ)  ルネは内心で独りごちる。 「これこれ。そのように睨みつけては、ルネ殿下が怯えてしまうぞ?」  大魔王さまが、愉快そうに軽口を叩いた。 「ち、父上! 睨んでなどおりませぬ」 「ふふっ。魔王さまは寡黙な方なのですね」  ルネは礼儀正しく、社交辞令を口にした。 (……褒められたっ!!) 「ふ、ふふん。つまらぬことを……!」  王家の人間として、ルネはこういう場での社交術を身につけている。列席者たちとそつない会話を交わし、交流を深めるのに苦労はない。大魔王さまも大魔王夫人も、この可愛らしい息子婿を大層気に入った様子だ。昼食会は滞りなく進んだが、肝心の魔王さまとルネ王子の間には、あまり会話が弾まない。 「魔王さま――」 (男らしく!) 「うむ!」 「魔王さま――」 (威厳! 威厳!) 「よきにはからえ!」  ルネが話題を振っても、一言の返事で会話は途絶えてしまう。 (簡単に胸の内は見せないぞ、というわけか。くえない男だな)  ルネは内心で歯噛みした。どうにか取り入って、宝玉のありかを探らなければいけないのだ。 (さて、どうしたものか……)  そうこうするうち食事も終わりに近づき、デザートの段になった。調理人らしき出で立ちの男が部屋に入ってくる。何気なく目をやったルネは、口をぽかんと開けた。  颯爽と歩く調理人の後ろから、大きなフライパンが、ふわふわと宙を漂いながらついてくるのだ。フライパンの後ろにも、ボウルやミルク壺、果物カゴ、その他デザートの配膳に使う物たちが、行儀よく並んで行進してくる。まるでカモの親子だ。 「な……っ!」  ルネは瞳を見開き、おとぎ話のようなその光景を見つめた。 (びっくりしてる! びっくりしてるぞ! 可愛い!)  調理人は列席者たちの前に立った。 「本日の、料理長でございます」  料理長がお辞儀をすると、後ろに控えたフライパンたちも、それらしい動作をする。 「魔王さまとルネ殿下のご婚約を祝い、デザートにはちょっとした趣向をご用意いたしました」  料理長は誇らしげな顔で、片手を上げて合図した。フライパンが颯爽とその前に進み出て、パタリと横になる。配置につきました、とばかりに軽く揺れると、ボウルと銀の大匙が左右に陣取った。料理長は道具に一切手を触れず、ただ楽団の指揮者のように、軽やかに指先を振っているだけだ。  側で控えていた壺からバターが一塊、フライパンに飛び込んだ。料理長がなにやら呪文らしきものを唱えると、フライパンは瞬時に熱せられたらしく、バターはあっという間に溶けて広がった。銀の匙がひとりでに動いてボウルから生地をすくい、フライパンに落とす。  じゅうっという気持ちのよい音と共に、菓子の焼ける甘い匂いが室内に広がった。 「こ、これは一体……!?」 「魔術を使っているのだ」  魔王さまは、唖然とするルネに説明した。 (ちゃんと会話した!) 「話には聞いていましたが、これが……」  ルネはまじまじと料理長を見つめた。  料理長が大仰な身振りで両手を広げると、銀の匙はフライパンの上で生地を薄く広げた。半ば焼き上がったところで、料理長はくいくいと指先を動かし、ブランデーの小瓶を呼び寄せた。芝居がかった動きでフライパンを示すと、瓶は自ら傾いてフライパンにブランデーを落とす。アルコールの飛ぶ香りと共に薔薇色の炎が燃え上がり、それは見る間に、「ご婚約おめでとうございます」という言葉とハートの形を作った。 「おお、これは愉快!」  大魔王さまが大きな拍手をした。 「まあ。素敵ですわ」 「見事、見事!」  列席者たちは笑顔で賞賛を贈る。料理長は照れたようにお辞儀して観客に応え、次は不思議な手の動きで皿を呼び出した。焼き上がった菓子が蝶のように宙を舞い、空中で待ち構えていた皿に載る。シロップがかけられて、果物も飛び乗った。そして皿は恭しくルネの前に進み出て、軽い音を立ててテーブルに着地した。一同は歓声と共に、さらに大きな拍手を贈る。 (これが、魔術……!)  ルネは呆気に取られて、目の前の皿を見つめた。手を触れずに物を操るなどと、この目で見なければ信じられなかった。  焼きたてのデザートが各々順番に給仕され、列席者たちは舌鼓を打つ。食べながら、ルネは何気なく魔王さまに言った。 「魔術とは実に不思議なものですね。魔王さまも、さぞや素晴らしい使い手なのでしょう」  それは単なる社交辞令だったのだが、思いがけず、魔王さまは苦虫を噛み潰したような顔で黙り込んでしまった。見れば、首元の大きなペンダントトップを、所在なげにいじくり回している。 「……?」 「その、俺――よ、余は、魔術はあまり、得意では……」 「お好きではないのですよ。ね、魔王さま?」  アルシエルが助け船を出した。 「そ、そうだ! あまり好まぬが……、必要な時には使える!」  せっかくアルシエルが、好きではない、という無難な表現に置きかえたのに、これでは不得手と言っているも同じだ。 (魔王のくせに、魔術が苦手なのか?)  ルネは顔にこそ出さなかったが、訝しんだ。 「よ、余には、魔力を制御する秘策があるからな。心配ないのだ!」  魔王さまは、少々言い訳がましい口調で言った。 (『魔力を制御する秘策』!?)  ルネの瞳がキラリと光る。 「それは興味深い! 秘策とは一体、どのような……?」 「そ、それは、その、」  魔王さまが口ごもった、その時だ。 「大魔王さま、そろそろお昼寝のお時間ですわ」  大魔王夫人が、大魔王さまに促した。 「おお、もうそんな時間か」  大魔王さまが退出のため立ち上がり、列席者たちも君主に礼を施すために立つ。ルネと魔王さまの会話は中断されてしまった。 (話を聞く絶好の機会だったのに……!)  ルネは歯噛みした。「魔力を制御する秘策」とは、例の宝玉のことに違いない。  大魔王さまは退出の前に、ルネに優しい笑顔を向けた。 「ルネ殿下。我がネヴィスランドで、ゆるりと過ごされるがよい」 「ありがとうございます、大魔王さま」  大魔王さまと大魔王夫人に続き、デザートを食べ終えた他の参加者たちも、ルネに挨拶して退出していく。 (よし。この後はルネ王子を散歩に誘って、もっと会話を……!)  魔王さまは意気込んで身を乗り出した。  しかし、アルシエルが小声でたしなめる。 「魔王さま。ルネ殿下は長旅でお疲れなのですよ。労って差し上げねば」 「そ、そうか……。そうだな」 「それに魔王さまには――、『準備』があるでしょう?」  アルシエルは囁いた。 「!!」 「ルネ殿下、」  アルシエルは、くるりとルネに向き直った。 「ルネ殿下。お疲れでしょうから、どうぞ、ごゆっくりお過ごしください」 (…………!!)  部屋の隅にいた黒猫と、その仲間の猫たちが、意味ありげな目配せをし合った。

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