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対決

「な、なんと!」 「兄上っ!?」 「なんでだよっ!?」  猫は驚いて逃げていった。 「私の可愛いルネに懸想するとは! 決闘を申し込む!!」 「なっ!?」 「うるさい父もいない今、ルネはセヴィーラで、私と仲よく暮らすのだ!」 「兄上っ! 何を……」 「魔王よ、一対一の勝負だ! 勝った方がルネを連れていく!」 「馬鹿なことを! 選ぶのはルネだろう!」 「魔王さま! 僕が帰りたいと言えば帰してしまうのですか!?」 「かかか帰ってしまうのか!?」  「いいぞいいぞルネ! 魔王などフッてしまえ!」 「……なんか面倒くさいことになってきたな」  猫はアルシエルのスカートの陰で呟いた。 「魔王! いざ勝負!」  クラウディオの剣が宙を舞う。 「いけない!」  ルネが魔王さまを突き飛ばし、剣先は空を斬った。 「なんて危ないことを! ルネ!」 「ルネ、お前は黙って見ているんだ! これは私と魔王の一騎打ちだ!」 「兄上! やめてください!」 「……ルネ」  魔王さまはルネの肩をそっと掴んで引き、静かに前に出た。 「兄上の言う通り、これは男と男の決闘だ。見守るがよい」 「魔王さま! でも……」  ルネは躊躇った。クラウディオは、セヴィーラでも名うての剣士として知られているのだ。 「大丈夫だ、ルネ」  魔王さまは胸の前で、不思議な形の印を結んだ。紫色の炎が燃え上がり、魔王さまの身体を包む。 「いざ、勝負!」 「でやああぁぁあっ!」  クラウディオは両手に剣を構え、魔王さまに踊りかかった! 魔王さまは掌をかざし、炎の魔術で迎え撃つ。  耳をつんざく爆発音がして、剣と炎がぶつかった。クラウディオはすぐに引き、またしても打ちかかる。剣と炎は、すさまじい早さで幾度も交わった。 (互角だ。兄上も魔王さまもすごい……)  ルネも思わず、勝負に見入る。 「ぐっ!」  クラウディオの剣が勢いで勝り、炎をなぎ払ったかと思うと、剣先は魔王さまの肩をかすめた。 「ああっ!」 「魔王さま!」  護衛の兵士たちが剣に手をかける。 「手を出すな! これは男と男の勝負――」  魔王さまは叫んだ。 「いくぞっ!」  魔王さまは反撃に転じた。かざした掌から起こる炎が渦を巻き、うねりながらクラウディオに向かう。クラウディオは最初の一撃をなぎ払い、次の一撃を両断した。そこへさらなる一撃に襲われ身を翻す。クラウディオの脇をすり抜けた炎は、風で開いたガラス戸からテラスに出て柵にぶつかり、一部を木っ端みじんにした。木の砕ける音が響く。クラウディオは次の一撃もかわしたものの僅かに遅く、脇腹に軽くくらった。 「やるな! 魔王!」  クラウディオはものともせずに、再び打ちかかる。幾度か剣を交え、二人は息をつきながら互いに一歩引いた。  張り詰めた空気に縛られたように、誰も身動き一つしない。一瞬の静寂が訪れた。 「次で最後だ、魔王よ」  クラウディオは、端正な顔でニヤリと笑った。 「いくぞぉっ!」  クラウディオ渾身の一撃が、魔王さまを襲う。魔王さまも秘術で迎え討たんとばかりに両手をかざした。紫の炎が大きく燃え上がる。  大きな音がして煙が上がった。もうもうとたちこめる煙で視界が隠れた時、ルネは、チャリンという微かな金属音を聞いた。 (――え?)  やがて煙の切れ間から、二人の姿が見えた。  クラウディオの剣は魔王さまの首元に添えられ、魔王さまの炎もクラウディオの喉元を捉えていた。二人はそのままぴたりと動きを止め、睨み合っている。両者相打ち、といったところだ。  ルネの視界の端で、金色の物が光った。 「あっ!!」  魔王さまのペンダントだ。クラウディオの剣に鎖を切られて落ちたペンダントは、その勢いでかつんかつんと床を弾きながら、テラスの端に向かっている。テラスの外は断崖絶壁、その下は海だ。  ルネは咄嗟に駆け出した。壊れた柵に向かって滑り込むように、落ちる寸前のペンダントを掴む! くるりと身体を返しつつ投げたペンダントを、猫が飛び上がってはっしと咥えた。 「ニャア!!」   ほっとしたのも束の間、ばきっ、という嫌な音がした。ルネの身体がバランスを崩す! 割れかけていた床板の一部が崩壊したのだ。 「――!」  ルネは咄嗟に、壊れた柵の端につかまった。 「あああっ!」 「ルネぇっ!!」  魔王さまとクラウディオが駆け寄ろうとすると、床はぎしりと軋み、ルネがいる部分の床板が揺れた。二人は慌てて立ち止まる。  ルネの身体は半分近く、壊れた柵から外へ乗り出している。少しでも動けば傷んだ床と柵が完全に崩れ落ちそうで、ルネはしがみついていることしかできなかった。  ルネは、遙か下の海面をちらと見た。波が岸壁にぶつかり、白い泡となって散る。 「ま、魔王さ、ま……」 「下を見るな、ルネ!」  魔王さまは慌てて部屋を見回した。崖下から吹き上げる強い海風のせいで、風の魔術は使えない。何か魔術で操れるものは、と必死に探す魔王さまは、テラスの柵に絡む蔓バラに目を留めた。 「これしかないか……」  魔王さまの額を、冷や汗が伝った。  魔王さまは天に向かって両手をかざし、呪文を唱え始めた。するとバラの蔓は生き物のように動き出し、シュルシュルと宙に伸び上がる。壊れた柵に絡んでいた幾本もの蔓は、折れた部分を補強するように、ぐるぐると巻きつき始めた。  零れるほどの白い花をつけたまま、数本の蔓がそろそろと床を這い、ルネに近づいてゆく。そして、ルネの身体を取り囲むようにゆっくりと広がった。 「な、何をする! ルネが棘に刺されてしまう!!」  クラウディオは、魔王さまの服を掴んで揺すった。 「黙っていてくれ!」  ただでさえ、魔術での細かい作業は苦手なのだ。しかもバラの棘がルネを刺さないよう、慎重に操らなければいけない。魔王さまは集中力を振り絞った。 「じっとしているのだ、ルネよ。大丈夫だ。今、助けるからな」  ルネは僅かに目線だけ動かして、魔王さまに答えた。  魔王さまはバラの棘を動物の毛のようにぺたりと寝かせ、刺さらないよう慎重に、蔓でルネの身体を包んでいった。  一本の棘が、ルネの肌を刺した。 「つッ!」  思わず小さな声を上げたルネに、魔王さまは手を止める。 「す、すまんルネ!」 「平気です、魔王さま」  ルネは微笑んだ。魔王さまを信じていれば大丈夫。そんな気がした。  やがてバラの蔓はルネの身体をすっかりくるみ終え、そっと持ち上げて魔王さまの元へ運んでいった。 「ルネっ!!」  蔓がルネを安全な場所に下ろすと、魔王さまはルネをしっかりと抱きしめた。 「なんという危ないことをするのだ、ルネ! 生きた心地がしなかったぞ!」 「でもあのペンダントがないと、魔力の暴走を抑えられないでしょう」 「そんなことよりお前の方が……。無事でよかったが、二度とこんなことをしてはいけないぞ。お前はどうも、咄嗟の時に考えなしで行動してしまうようだからな」  魔王さまは安堵のため息をついた。 「ま、魔王よ! いつまでルネにくっついている気だ! 放せ!」  クラウディオが、背後から魔王さまの肩に手をかけた――その時だ。 「うわっ!!」  魔王さまの背中から、ピンク色の炎が立ちのぼった! 「しまった!」  魔力の暴走が起きたのだ。 「なんだ!?」  驚いて後ずさったクラウディオを、ピンク色の炎が襲う。炎はいくつかに分かれると、それぞれが人のような形になった。そして、輪になって、クラウディオを取り囲んだ。 「なっ!? ま、魔王! なんだこれは!?」  ピンクの炎の人型たちは、ゆらゆら揺れながら、クラウディオの周りをぐるぐる回り始めた。まるで祭りの踊りだ。 「くッ!」  クラウディオは剣を翻した。だがいくら切り裂いても、炎はからかうように伸び上がるだけで、まるで舌を出すようにチロチロと燃えた。そしてまた踊りの輪に戻る。 「こっ、これはだな、単なる魔力の暴走だ! 心配ない。今――」  魔王さまが言いかけた時、突然炎の勢いが増した。分裂して一気に燃え広がり、アルシエルと兵士たちに襲いかかる! 「おゥぶっ!!」  アルシエルは一撃をくらって飛びのいた。しかし、すかさず両手を頭上に掲げ、指先に魔力を集める。眩い光が煌めいた。 「でぇやああぁぁあっ!」  かけ声と供に炸裂した強烈な一撃で、アルシエルの周りの炎は吹き飛んだ。しかしアルシエルほどの使い手ではない兵士たちは、なす術もなく炎に包囲されてしまった。若者の魔術ばなれにより、年若い兵士の中には魔術が不得手な者が多いのだ。 「ま、魔王さま~~!!」 「お助けくださーーい!!」  兵士たちは動けずに怯えている。 「す、すまぬ、皆。すぐに収める。――猫よ。ペンダントをこちらへ!」  ペンダントを持っている黒猫は、逃げ込んでいた棚の上から勢いよく飛び降りた。  ところが――。 「こ、こら! 猫よ、どこへ行く!?」  猫は魔王さまの方ではなく、部屋の反対側へ走っていった。そして、そこで待つティノの肩に飛び乗った。 「ほらよっ!」  猫はティノにペンダントを渡す。 「な!? 猫よ、何をしている。ペンダントをこっちによこせ」 「へへ~ん」 「よくやってくれた」  猫とティノは顔を見合わせて笑った。 「約束のブツを忘れんなよ!」 「もちろんだ。マタタビ三袋に干し魚一山……。例の場所に」 「な、なんと!」  魔王さまは声を震わせた。 「猫! 買収されたな!?」 「へへっ」 「くっ! ペットのくせに飼い主を裏切るとは!」 「猫ですからね。欲望に弱いのでしょう」  アルシエルが言った。 「猫だからしょうがないニャ~」 「くっ。猫だからな……」 「仕方ありませんね、猫ですから」  黒猫は前足をペロペロと舐めた。ティノは満足げにその背を撫でて、ルネに言った。 「さあ、ルネさま。これさえ手に入れば、もうネヴィスランドに用はありません!」 「ティノ、なんてことを! 待て、お前は分かっていない――」 「分かってらっしゃらないのは、ルネさまです!!」  ティノは悲痛な声で叫んだ。 「ルネさまの夢をお助けするのが、ティノの夢なんです!!」 「ティノ……!」  ピンクの炎は渦を巻き、ルネや魔王さま自身にまで迫り来る。 「さあ。ルネさまは部屋から出ていてください。後はティノが片づけますから。このペンダントさえあれば、ルネさまは王にだってなれます。一緒にセヴィーラへ帰りましょう!」  ティノはすっかり肝の据わった顔で言った。 「ティノよ。待つのだ――」 「動くなっ!」  一歩踏み出しかけた魔王さまに、ティノはペンダントを高く掲げた。 「おかしな真似をしたら、これを使うぞ!」 「ぐっ」  魔王さまは足を止めた。 「うわぁぁぁ!」 「ひえぇ!」  兵士たち、そしてクラウディオを囲む炎が、大きく燃え上がる。 「でぇやああぁぁっ!」  アルシエルが風の魔術で炎の一部を吹き飛ばし、突破口を開いた。 「皆さん、ひとまずここへ!」  アルシエルは結界を張って、クラウディオと兵士たちをそこへ避難させた。そして自分も中に入り、呪文を詠唱し続けて結界を守る。  ピンクの人型はベロベロバーをしたり、おかしな踊りを踊ったりして皆をからかった。兵士たちもクラウディオも、ただ身を寄せ合うしかできない。しかし次第に全員が、もやもやした変な気分に追いつめられていった。  魔王さまは様子をうかがった。こめかみを冷や汗が伝う。このままではまずい。アルシエルの結界は、そう長くもたないだろう。魔王さまに宿る魔力はそれだけ強大なのだ。 「ティノよ、それは大切な物なのだ。返してくれ」  説得を試みる魔王さまに、ティノはすげなくそっぽを向いた。ルネは勢いよく前に出る。 「ティノ、お前の気持ちは分かった。だがとにかく、それを魔王さまに返すんだ。このままでは皆が危ない!」 「皆さまにはここで死んでいただくので、問題ありません! さあルネさま、あちらへ!」  ティノは断固とした態度で、扉を指差した。 「うわあぁん!」 「魔王さまぁあ!!」  兵士たちは助けを求める。アルシエルが必死に結界を守り、クラウディオは剣でどうにか活路を開こうとしていた。しかし時間の問題だ。こうしている間にも、炎の輪は少しずつ縮まってゆく。 「……分かったよ、ティノ」  ルネは肩を落とし、足を踏み出した。 (とにかく、あれを取り戻さなければ。扉の方へ行くと見せかけて、ティノに飛びつく。そして……、この剣で……)  ルネは唇を噛んだ。赤ん坊の時から、まるで弟のように、いつも側にいてくれたティノ。ルネの悲しみや憤り、そして願いを、誰よりもよく知っているティノ。一途なティノだからこそ、ルネの心に生まれた迷いを許せなかったに違いない。 (僕の中途半端な態度が、ティノを追いつめてしまったんだ)  だが、後悔しても遅かった。  ルネは横目でティノを見ながら、もう一歩、扉の方へ足を進めた。あと二、三歩歩けば、ティノの立っている位置に一番近づける。そこで――、 「待て、ルネ」  魔王さまが、静かな声でルネを呼び止めた。 「ルネ。ここへ戻れ」  魔王さまは手を差し伸べる。 「ですが、魔王さま……」 「大丈夫だ」 その言葉に、ルネの身体は考えるより先に動いていた。足を戻し、魔王さまの元へ。 「ル、ルネさま! 言うことを聞いてください! でないと――」  ティノはペンダントを握りしめる。だが魔王さまはそんなティノを無視し、近づいてきたルネを、いきなり抱き寄せた。  「ま、魔王さまっ!?」  焦るルネを、魔王さまは力強く抱きしめる。  そして――。  クンクンクン  スースースー  魔王さまは、ルネの匂いを嗅ぎ始めた。

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