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Ⅱ
「食べないのか?」
ホークが口元でぼんやりと止まっているシエラにいい加減見かねたらしいヴァシレフスが声を掛けた。
「あっ、食べる」と、慌ててシエラは少し冷めた料理を口に運ぶ。
シエラが自分の意思でこの城に住むようになってから二人は一緒に食事をするようになった。
そしてヴァシレフスが望めば朝まで一緒にいることも増えた。
「昼間ニキアスに会ったんだろう?」
ナプキンで口元を拭いながらヴァシレフスはチラリとこちらを見た。
「会った。弟がいたんだな、知らなかった」
「昨日まで留学してたからな。確か年はお前とそんなに変わらない筈だ。気が合いそうか?」
「わざと聞いてるんだよな、嫌味な王子め」
ジロリと琥珀色の瞳に睨まれヴァシレフスはクククと意地悪く笑った。
「俺が部屋に帰ったらニキアスがそれはもう獅子に追われる牛かと思うような勢いで突っ込んで来て。アイツはなんなんですか、どうしてここにいるんですか、伴侶ってなんですかと矢継ぎ早に捲し立てて来て、ハハハ。おかしいったらなかったよ」
「ふざけるな、笑えるのはお前だけだ、こっちは危うく剣で刺されそうになったんだぞ。王子様ってのは意外に野蛮なんだな。いや、あれはお前に似ただけか?」
「そうかもな」とヴァシレフスは性懲りも無く笑う。
頭にきたシエラは残りの夕食を一気に口に掻き込むと、ご馳走でした! と、テーブルにカトラリーを投げるように置き、ヴァシレフスを一人残して食堂を後にした。
──案の定、しばらくすると客間の前にヴァシレフスが現れた。
ヴァシレフスはシエラに用がある時は必ず自らが出向き、従者任せにしたり、呼びつけるような真似はしない。
──決して彼は地位や権力を振るったりしないのだ。
「なんでしょうか」
他人行儀にシエラは扉を少し開けて、隙間から不機嫌そうに来訪者を見上げた。
「中に入れていただけますか?」とヴァシレフスは少し冗談めいて笑った。少し腹が立ったシエラではあったが、先程の自分の態度を少し後悔していたのでその冗談にやや救われたのも事実だった。
素直に扉を開き、部屋に彼を招き入れる。
ヴァシレフスは手元に紅茶のセットを持っていて、自ら給仕しはじめる。王子である彼がその所作を一体どこで習ったのかシエラは内心不思議だった。
「どうぞ」と王子様に紅茶を給仕されて、シエラはどことなくソワソワしてしまった。
「変なの……」
「そうか? 茶を飲むのにいちいち人を呼ぶ方が面倒だろう」
平民のシエラにはそんなことは至極当然のことだが、王子であるヴァシレフスがそれを言うのは流石に違和感を覚えた。だか、二人きりが当然になったここ最近、ヴァシレフスは決して第三者を呼ばないことにシエラはいい加減気付いていた。
──まるで普通の恋人や、家族みたいに……。
「なんだ、その目は」
「え?」
「目が潤んでる。一人でいやらしいことでも妄想していたのか?」
「ばっ! なんでそうなるんだよ! 俺はただ……っ」
「ただ──?」
──ただ……。
シエラは唇を小さく噛んで黙り込んでしまう。ヴァシレフスからわざと視線を避けたのに急に抱きしめられてシエラはますます頭の整理が追いつかなくなった。
「ヴァシレフス、おいっ」
「他は関係ない──。俺とお前のことにそれ以外の人間は関係ない。お前は俺が決めた運命の相手なんだから──」
シエラはその言葉に胸が潰されそうになった。嬉しいのか苦しいのかわからないほど、心の中がぐちゃぐちゃで、ヴァシレフスの広い背中にしがみつくことでどうにか耐え忍んだ。
「ヴァシレフス……」
苦しそうに自分の名を呼ぶ愛しい人の体をヴァシレフスはさらに強く抱きしめた──。
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