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──シエラは夢を見た。  穏やかな川のせせらぎから巨大な鷲の爪が音も立てずにするりと現れ、透明に近い白い鱗に包まれた両前足が伸び、ギョロリとガーネットの眼が覗くと一気にその姿を現した。  川から伸び上がった竜は蝙蝠の翼をゆっくり閉じ、鷲の足で川の(ほと)りにある岩へと降り立った。長い尻尾は後ろに靡かせ、大きな瞳でシエラを真上から覗き込む。 『──何ヲ迷ウ。運命ノ子』  その声は音として耳に聞こえるのでなくて、直接頭の中に伝わるようだった──とても、優しく。 『王子ハ オマエヲ心カラ大切ニ思ッテイル。ソレハ、オマエモ同ジ。違ノカ──?』 ──ううん。違わない。俺はヴァシレフスを運命だと思ってる……。だけど、ヴァシレフスにとっての運命は一つじゃないかもしれない。だって、ヴァシレフスはこの国の王子で、先の国王になる男だ……。 『──クダラン。意気地ガナイ二モ程ガアル』 「はぁあー?!」  あまりにもカチンと来たせいでシエラはハッキリと意識を覚まし飛び起きた。  そして頭上で煩わしそうな顔をした巨大な竜と目が合う。 「わあああ─────っ!!!!!!」  夢と現実がごっちゃになってシエラは森が木霊するほどに絶叫した。  カリカリとうるさそうに竜が鷲の足で器用に耳をかく。 『ヤカマシイ』 「ええっ! えええ──?!」  シエラは全く現状が理解出来ず大きく開いた口は危うく顎が外れそうになっている。  夢かと思い勢いよく周りを見渡すが、そこは明らかに眠りにつく前に見た川の景色と全く同じだった。 『王子ハオマエヲ、オマエハ王子ヲ選ンダ。ソレ以外ナニガ必要ダ。人間ノ命ナド太陽ト同ジ、東カラ生マレテ西ヘ沈ム、ソレハ瞬クホドニ短イ時間ダ。悩ム暇ナドナイダロウ』 「……アンタの寿命は何年なんだ……」 『500年カラ後ハ面倒デ数エテイナイ』  愚問でしたとシエラは心の中で呟く。 『運命ノ子ヨ。コノ花ヲ オマエニヤロウ』  竜は器用に小さな花を一輪、シエラの目の前に差し出した。  それは先が小さく捻れた蕾を持ったままのまだ若い一輪だった──。 「なんの花?」 『 "アネモネ"ダ。タクサンノ花弁カラナル、開ケバトテモ美シイ花ダ。……マァ、毒モアルガナ』 「毒ッ!」シエラは思わず花を落としそうになる。 『ソノ花ガ咲イタラ中カラ蜜ガ流レルダロウ。ソレヲ口ニ含メバ全ベテノ真実ガオマエニ見エルダロウ』 「真実……」 『ソウダ。オマエノ心モ、王子ノ心モ、ナ』 「俺の心は俺が一番わかってる」 『サテ、果タシテソウカナ?』そう竜が笑ったように見えた。表情すら読み取れはしないが、竜を纏う空気がそう感じさせたのだ。  シエラはじっと赤い蕾を眺めながら真実の意味を思考する。 「俺の、心……」  ──────  急ぎ足で城に戻ると案の定ヴァシレフスが白い顔をして自分の帰りを待っていた。  王子という身分もそっちのけで彼は南の塔の門の前でずっと立っていたのだ。 「ごめん、寄り道したたら遅くなっちゃって……心配させたよな、本当にごめん」  すっかり眉がハの字に下がったヴァシレフスにシエラは胸が痛んだが、酔っ払いや竜の話は余計に心労になると思い、敢えて触れずに終わらせた。 「無事でよかった……」 「言ったろ? 村育ちを舐めるなって」  シエラは笑ってヴァシレフスの手に腕を回し、一緒に門をくぐった。 「今夜はゆっくり横になって休め。慣れない場所で気が張って疲れているはずだから……」とヴァシレフスは優しく労ってくれた。  気遣って客間の前でシエラを見届け自室に戻ろうとするヴァシレフスの背中を引き留めた。 「なぁ、今日はヴァシレフスの部屋で寝てもいいか?」  今まで一度もそんなことを言われたことがなかったヴァシレフスは藍色の瞳を大きく開いて一瞬言葉を失っていたが、すぐに綻んだ笑顔で頷いてみせた。  ──────  カリトンに用意してもらった一輪挿しにシエラは竜に貰ったまた蕾のままの赤いアネモネを差して眺めた。 「──そんな花、どこで見つけたんだ? 確か春のはじめに咲く花だった気がする……」 「そうなのか? 花にも詳しいんだな、ヴァシレフス」 「いや、たまたまだ。あの川の近くに毎年春が来たらたくさん咲くから覚えていただけだ」  その言葉にシエラはドキリとしたが、「へぇ」と短く流した。  最近は少しずつ風が冷たくなる夜が増えたが、春と呼ぶにはまだ遠い日々が続いていた。 ──どうして竜は季節外れの花を持っていたんだろう……。 「シエラ、もう寝よう。俺もなんだか無駄に気を張って疲れた」 「ごめん」  ヴァシレフスは初めてのお使いに子供を出した親の気分さながらだったのだろう。珍しくぐったりとした顔をしていた。  シエラはその肩にそっと寄り添って頭を預ける。  コツンとヴァシレフスの頭が向こうから寄せられた。  シエラはその体温に体の力が一気に抜けて急な睡魔に襲われた。そしてそのままヴァシレフスの寝息に合わせるように自身も寝息を立て始めた──。  時計の秒針が刻む音がやけに耳についてシエラはふと目を覚ました。  部屋はまだ真っ暗で朝には遠い。  ぼんやりと促されるようにシエラは視線をベットサイドに置いたアネモネにやる。 「え……」  蕾だったアネモネがその花を全て開き切っているのが目に飛び込んだ。  シエラはヴァシレフスを起こさないようにゆっくりベッドをすり抜け、床に膝をつき、花の前に顔を寄せる。 「咲いてる……夜に咲く花だったのか……?」  首を傾げるシエラの元にアネモネのシトラスの香りが風に乗って届いた。 「いい匂い……」    アネモネの香りはバラのように強いものではなくて、うっすらと香る程度だった。緑の草木特有の香りや香辛料のようにどことなくツンとした香りもした。  一瞬小さな目眩がシエラを襲う。  バランスを崩して床に尻からぺたりと座り込んでしまった。 「なんだ、ろ。疲れてんのかな……俺」 ──まさか、アネモネの毒……?  シエラは怖くなってヴァシレフスから花を遠くに離そうと花瓶から引き抜いた。  手にしたアネモネに何故か視線を奪われ、シエラはそのまま動けなくなってしまう。 「なに……、これ……、なん、で……?」  花を手にした右の指がその茎を離そうとしなくてシエラは必死に震える左手で剥がそうと藻掻く。  なぜか自分の手なのにいうことを効かない──  漠然と、自分はこの花の毒で死んでしまうのかもしれない──そう思った。 「いやだ……そんな……」 ──でも、このまま自分が死ねば…… 「違う、だって。それ、は、一度失敗した……。あの時、俺は……ヴァシレフスをたくさん傷付けた……」 ──でも、もし別の人をヴァシレフスが選んだら…… 「その時……俺は……平気でいられるんだろうか……?」 ──そんなのは怖い、怖い……  だけど、仕方ない……、何も犠牲なしに俺はヴァシレフスの元にいられるはずがない……  頭の中を勝手な妄想たちが駆け回り、シエラの目からはいつのまにか涙が溢れていた──。 「さよならしたくない……けど、違う人と幸せに暮らすヴァシレフスの顔なんて……もっと、見たくない……」 ──嫌だ、そんなこと口にするな。  ヴァシレフスは皆の王になる男なんだ──。  俺が独り占めしていいような相手じゃない──。 「嫌だ……」  ふと、手の中にある花から手首に伝って蜜が垂れていることにシエラは気付いた。 「毒……?」  悪魔の言葉を口にした途端、シエラの喉はなぜか無性に渇き、本能的にその蜜を欲した。  涙のせいでぼやけて視点の合わない瞳は何かに操られるように揺れていて、シエラの赤い舌はゆっくりと手首ごと蜜を舐め上げた──。 「……毒って、こんな、甘いんだ……?」 「シエラ?!」  異変に気付いたヴァシレフスが慌ててベッドから飛び起き、床に倒れ込んだシエラの元へ駆け寄る。 「シエラ!」  ぼんやりとした視線のシエラと目が合う──。 「シエラ! どうしたっ、具合が悪いのか? どこが辛い、シエラ!」  細い体を抱き起こしてヴァシレフスはシエラを胸の前に抱き、額同士で体温を計る。 「少し熱いな。疲れが出たのかもしれない、今医者を呼ぶから」  抱き上げられてシエラの体は簡単に宙に上がった。それと同時にその手から離れた花が床に落ちて転がる。  ベッドに優しく寝かされ、心配そうにヴァシレフスが頬を撫でる。 「すぐに戻るから待ってろ」  そう言って体を遠くに離そうとするヴァシレフスの服の裾を掴んでシエラは引き止めた。 「いい──医者はいらない……。ここに、いて……」 「シエラ……?」  それは今までヴァシレフスが一度も聞いたことのない甘い声で、初めて言ったシエラの我儘(願い)に思えた。 「ここに、いて……」  胸の中に滑り込んできたシエラの黒い艶髪からは、ほんのりシトラスの香りがしていた──。 「本当にどこも辛くないのか? 無理するな、ちゃんと本当のこと言うんだぞ、シエラ」 「本当の、こと──?」  重い頭の中で竜が言ったことをシエラは思い出していた……だけど頭に霞がかかってはっきりその言葉が出てこない……。 ──竜は、なんて、言ったっけ……?  この花の蜜を口にすれば…… 「──シエラ?」  黙ってしまったシエラの顔を不安そうにヴァシレフスが覗き込む。その深い海の色をした瞳が心配そうに揺れている。 「ヴァシレフス……触って……」 「え……?」 「俺に、触って……お願い──」  シエラからの突然の口付けにヴァシレフスは目を丸くした。細い両腕をその大きな肩に巻きつけてシエラは何度もヴァシレフスの唇を味わう。  突然のことにヴァシレフスは完全に固まってしまっていた。 「シエラ、んっ……」  ヴァシレフスが何かを発するのをシエラは強引に塞いで閉じた。小さな舌がその中を掻き回しヴァシレフスの舌を甘噛みする。 ──花の、蜜……?  ヴァシレフスはいつものシエラとは違う香りに少し戸惑った。上顎の裏を舐められてヴァシレフスは腰に熱が通るのを感じた。 「ヴァシレフス……、触って……」  甘く吐息まじりにシエラは何度もそう繰り返す。  いつのまにか纏っていた服を全て剥ぎ捨てて、シエラは一糸も纏わずにヴァシレフスの上に重なる。  ヴァシレフスの手を取って自らの胸に当てわざと尖った部分を擦り付ける。 「ヴァシレフス……ッ、して……早くッ……」  シエラは赤く濡らした唇で何度もヴァシレフスを求めた。シエラの先走りがすでにその太腿をいやらしく濡らして下にいるヴァシレフスまで伝う。  その見たことのないあられもない姿にヴァシレフスは獣のようにゴクリと喉を鳴らした。  意地悪く胸の尖りを強く摘むとシエラは体を震わせ嬌声をあげた。  その声でヴァシレフスの何かが弾けたのか、されるがままに成り下がっていた体を無理矢理引き起こし、シエラの体を少し乱暴に組み敷いた。  細い足を開いてその間に体を押し進め、着ている服越しに硬くなった雄をあてがうと、それだけでシエラは肩を震わせた。 「早く……」シエラは見たこともない熱を孕んだ目でヴァシレフスを誘う。  ヴァシレフスは自分のトゥニカを脱ぐ余裕もなく、下腹部だけを晒してまだ解してもないシエラの中に自身の雄をゆっくり押し込んだ。 「ひっ、ああっ!!」  既にひとりでに柔らかくなった場所がヴァシレフスの形を味わうように強く包み込み、思わずヴァシレフスは喉で唸った。 「シエラ……」 「んっ、もっと、してっ……中っ……」  ヴァシレフスを咥え込んだ場所が恐ろしいほどの熱といやらしさでヴァシレフスを惑わせる。  シエラがヴァシレフスの腰に両足を絡めて、自らも腰を揺らし、あまりの刺激にヴァシレフスは目眩を覚えた。 「ヴァシレフスッ……動いて、もっと、奥で動いてっ……」  言われるままヴァシレフスは激しくシエラの中を犯し回る。乱暴に奥深く何度も突き上げ泣き叫ぶシエラの唇を塞ぎ、さらにその奥を責め続けた。 「んっ、ふぁっ……っ、気持ち……っ、奥っ……気持ちい……っ」  ヴァシレフスが貪るがままにシエラは揺れていた。強い刺激で惚けた口からは甘い吐息と蜜が漏れ、琥珀色の瞳は溢れた涙で濡れている。  ヴァシレフスを咥え込んでいる場所がビクビクと戦慄(わなな)き、シエラの限界が近いことを知らせる。 「あっあっ……、イっ……っ」  最後の声は最早言葉になっておらず、掠れた音だけがシエラの唇から漏れた。大きく腰を反り返らせてシエラは絶頂を迎え、中にいるヴァシレフスをより強く締め付けた。  乱れた呼吸で上下する腹の周りを自分自身から吐き出したもので濡らしたシエラは瞼を閉じたままうっとりと余韻に浸っていた。  シエラは繋がったままの場所を細い指でゆっくりなぞり、そのままその先にあるヴァシレフスの腹に指を這わす。 「ヴァシレフス……」  吐息まじりにその名を呼ばれ、誘われるようにヴァシレフスは口付けると何度も深く中を味わった。前に倒した腹に再び起き上がったシエラの雄が当たり、ヴァシレフスは少し驚いた様子だった。  シエラは自ら大胆に太腿を持ち上げ、ヴァシレフスからわざと繋がった場所が見えるように開くと、更に奥へとそれを飲み込んだ。答えるように細い腰を抱き引き寄せるとシエラは嬉しそうに高い声で鳴いた。  再び襲うヴァシレフスの激しい抽送にシエラはかぶりをふって何度も声を上げた。 「ヴァシレフスッ、ああっ、あ……っ、ああっ」  追い詰められたシエラはヴァシレフスをより一層強く締め付ける。耐えられなくなってヴァシレフスは奥歯を噛んだ。  一瞬息を詰まらせたヴァシレフスが腰を痙攣させてシエラの中に全てを注ぎ込む。その全てを独り占めしたいのか、繋がった場所を怖いくらいに締め付ける。  自分の中からヴァシレフスがいなくなるのが嫌でシエラは体をよろよろと起こし、今自分の中にいたそれを口いっぱいに頬張った。 「シエッ……」  明らかに様子のおかしいシエラに戸惑いつつも、欲望は簡単に抑えることはできずにヴァシレフスはシエラの愛撫に震えた。  ヴァシレフスがシエラにするみたいに全てを包んだり、頬で擦ってみたり、舌で付け根から這い上がってくびれた部分を唇で咥え、先の部分を舌で何度も刺激しては溢れるものをシエラは嬉しげに何度も舐めとった。  相手に奉仕しながらシエラの雄は勝手に先走りを滴らせている。  シエラの口の中で達する寸前にヴァシレフスは無理矢理体を離した。  自分を探して呼ぶシエラの体を簡単にひっくり返し、背後からその中に一気に自分をあてがう。  あまりの刺激に腰が抜けたのか、シエラはシーツに顔を埋めそのままシーツに声を吸わせていく。  ヴァシレフスはそれが気に入らないのか、体を起こし自分の胸にシエラを抱き寄せ下から再び強く突き上げた。 「ああっ!」  シエラの感じやすい部分をわざと強く擦るとシエラの雄はビクビクと蜜を溢れさせていた。 「シエラ……」  後ろから耳朶を噛んでその形を確かめるように内側まで舌を這わす。シエラの喘ぎ声は狂った猫のように激しく、ヴァシレフスの理性をますます失わせた。 「あっ、中……ッで、動いてる……ヴァシレフスの……全部……俺の……俺のだ」  シエラの 譫言(うわごと)のようなそれにヴァシレフスは眉根を寄せた。 「シエラ……?」 「やっ、()めるなっ、()めないで……っ、動いて、もっといっぱい突いてっ、俺の中で全部出してッ……」  細い腕をヴァシレフスの頭の後ろに回してシエラから口付ける。何故か助けを求めるようなその口付けにヴァシレフスは胸が苦しくなった。 「シエラ──俺はお前だけのものだよ……」  琥珀色の瞳が大きく揺れて一瞬止まる。 「──うん……」  微笑んだそこからいくつもの涙が零れ落ちていく。  シエラは体の向きを変えて前からヴァシレフスに抱きついた。その体の全てを優しく包まれ幸福から出る溜息がシエラから漏れた。  再び繋がった場所が熱を帯びて二人は深く溶け合った──。 「ヴァシレフス……も、ダメ……、なんか俺、変……」  今更何を言ってるのかとヴァシレフスは呆れかけたが、見るとシエラの雄からはもう何も出ていなくて、薄く透明な雫が伝うだけだった。 「もう、無理そうか?」  ヴァシレフスは優しさで聞いてくれたのだとシエラは信じて頷いたのに、それと同時に太い指がシエラの中にまた入ってきた。 「ひゃあっ! あっ!」  自分が出したものでぐちゃぐちゃになったシエラの中を乱暴に掻き回すとシエラはヴァシレフスのものを咥えるのと同じくらいに乱れた。  指が2本から3本に増えるとシエラは腰を痙攣させ泣きながら何度も絶頂を迎えているようだった。 「お前の体は俺がおかしくしてしまったのかな……」  ヴァシレフスが意地悪く耳元でそう呟くだけでシエラは感じるのか指を咥える場所を締め付けている。 「そう、だよっ、んっ……、責任……取れよ……」 「責任──?」 「んっ、俺の、こと……伴侶にするんだろっ……」 「それだけでいいのか?」 「……んっ、ぅう……っ」  唇を噛んで、シエラは何かを我慢していた。腹に近い場所を中から擦られてシエラは思わず大きな声を上げてしまう。 「シエラ、言って……お前の願い事。お前の心を俺に聞かせてくれ」  掠れた声は弱々しくてヴァシレフスには聞き取ることが出来なかった。 「──ぃで……」 「なに……?」 「……俺以外愛さないで──」  シエラはそう告げると肩を揺らして泣き出した。思わずヴァシレフスはシエラから指を離す。 「シエラ……」  俯いて隠したその顔を優しくヴァシレフスが手の平で包み込み目を合わせる。深い海をした瞳がいつもと同じ優しさを灯したままシエラを見つめた。 「ヴァシレフス……お願いだ……、俺以外抱いたりしないで……俺だけ見ていてくれよ──俺だけの運命でいてくれよ……」  ヴァシレフスは愛しい人の額に鼻先に優しく口付け、その唇にも誓いの口付けを落とす。 「馬鹿だな、お前。俺は最初からお前しか愛していないしお前だけが運命だって何度も言ってたのに──お前は俺を信じようともしないのか? お前はひどい奴だ──」 「俺……だけが、運命……?」 「そうだよ。お前だけが俺の運命だ──」 「でも、お前は……」 「シエラ、他は関係ない。俺はお前だけのものだ。だから他の誰にも渡すな。そして俺はお前を誰にも渡さない。俺がこの肉体(からだ)を失っても、心臓が止まっても、俺はお前を誰にも絶対に渡さない──」  ヴァシレフスの海色の瞳がひどく熱く見えた──こんなにも澄んだ青をしているのに溶岩のように熱を帯びている。彼から紡がれた言葉たちもまるで太陽みたいに強く眩しい光を放つ──。 「うん……。誓う──俺はお前を……誰にも渡さない──命が果てても俺はヴァシレフスを誰にも渡さないから」  弱々しく揺れていた琥珀色の瞳が本来の強さを取り戻し、真っ直ぐとヴァシレフスに告げた。  満足気にヴァシレフスは微笑むともう一度シエラに誓いの口付けをした──。

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