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 玄関に入り、俺が貸した傘を佐渡様が閉じる。  俺もそれに続いて傘を閉じ、急いでスリッパを用意した。 「客人用のスリッパで恐縮ではありますが、宜しければ……」 「うん」  佐渡様の可憐な足が、スリッパに通される。ただのスリッパが、家宝級の物へと変貌した瞬間だ。  本当はここで今すぐ四つん這いになるべきなのだろうが、佐渡様の許可も無く馬にしてもらうなど、おこがましい。それに、スリッパへ足を通した様子を見ると、今は馬を所望しているようではなさそうだ。  スリッパを履いた佐渡様から鞄を受け取ると、佐渡様が呟く。 「広い家だね」 「両親共に、会社では役席者ですので」 「へ~」  未だにご立腹な様子の佐渡様は、通路をグルリと見回している。 「家族皆が揃う場所とか、ある?」 「リビングがあります」 「じゃあそこに案内して」 「かしこまりましたッ!」  佐渡様が一歩足を動かすだけで、通路すらも家宝に早変わりしていく。大理石なんて目ではないな。  足早にリビングへ案内すると、佐渡様はソファに視線を向けた。 「ここって、誰が座るの?」 「特定の誰か、というわけではありませんが。家族全員が座ります」 「ふ~ん」  佐渡様は相槌を打つと、そのままソファをジッと見つめている。  佐渡様の鞄をテーブルの上に、自分の鞄を床に置いてから、俺は佐渡様へ向き直った。 「大した物はありませんが、今なにか飲み物を──」 「真宵君」 「はいッ!」  名前を呼ばれて、俺はすぐさま床に跪く。  佐渡様はそんな俺を見下ろして、吐き捨てるように命じた。 「──今からボクは、制服を脱ぐ。だから、ボクのネクタイで【ボクの腕】を縛って」 「──はっ、はいっ?」  佐渡様はそう言うと、なんの迷いも見せずに制服のネクタイを緩め始める。ワイシャツのボタンも、慣れた手つきで外し始めた。  だが俺は、慌てて口を挟んだ。 「さっ、佐渡様っ? いったい、なにを……っ?」 「前座は抜き。今日はすぐに始めるよ」 「前座……。……えっ、始める……はいっ?」 「物分かりの悪い家畜だな~」  ボタンを全て外したワイシャツから国宝級の素肌を覗かせた佐渡様は、俺を睨みつけた。 「家畜の言葉をボクが覚えるべき? 違うよね? 家畜の真宵君が、人間様の言葉を理解するべきなんじゃないの? そのメガネってインテリ感を出す飾り? プレパラートなわけ?」 「も、申し訳ございませんッ!」 「はい、ネクタイ。頭上でボクを縛って」  佐渡様は俺にネクタイを渡すと、身に着けていたズボンや下着も脱ぎだす。  生まれたままの姿になったというのに、神々しさすら感じる佐渡様の体が、なんてことない普通のソファに寝そべる。  両腕を頭の上に持っていき、縛りやすいように手首を重ねた佐渡様は、床に座ってポカンとしている俺を睨んだ。 「ね~っ、遅~いっ」  佐渡様が、俺を縛るのではなく?  俺が佐渡様を縛る、だと……ッ?

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