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第1話 《3》

随分長く眠っていたような気がする。 普段ならいつお客様が来たからと呼び出されるのかという恐怖で短時間で目を覚ましてしまう。 移動するために抱き上げてくれたたくましい腕の中で感じた安心感、眠っている間に撫でてくれた優しい手の温もり。 ああ、きっとこれは夢だ。 もう期待するのはやめたのに…… 「ん……」 目を覚ますと知らないベッドに寝かされていた。 天蓋付きのベッドはお店にあるものとは比べ物にならないくらい上品で高級感がある。 気を失う前、何か騒ぎが起きていた気がする。 僕のミルクは利用価値があるから喉から手が出る程欲しい人達がいるそうだ。 そのためオーナーは高いお金をだして屈強なボディーガードを雇っていると言っていた事があったけど……別のオーナーの元に連れて来られたのかな。 身体を起こしてみると僕のものではない上質な寝巻きを着ていた。 腕や脚をみると包帯が巻かれてある。 首元にはいつも嵌められていたネックガードはないけれど擦れて傷ついていた為かこちらにも包帯が巻いてある。 どうすればいいかわからず不安になりつい耳に手を伸びしてしまう。 「目が覚めましたか?」 天蓋の外から声をかけられ狼の獣人が顔をみせる。 新しいオーナー? でも、雰囲気が前のオーナーと全然違って嫌な感じがしない。 細身のメガネをかけて知的そうで裏がない様に見える優しい笑顔を浮かべている狼の獣人。 「私は陛下の補佐役をしておりますエリオットと申します。見た通り狼の獣人です。陛下の指示の元、貴方を保護しました」 「……」 陛下って、王様の事? 王様がどうして僕を…… ああ、そうか。 僕のミルクが必要なのか。 それに、僕はアルファの子供を産む道具。 「お腹は空いていませんか? 何がお好きかわからなかったので幾つか用意したのですが……」 促されてテーブルにつくと見た事がないようなたくさんの出来たての料理が置いてある。 お肉料理にサラダ、スープに果物。 僕の目に入ったのは料理よりも置いてあるカトラリーセット。 今まで刃物はお客様が持っていたもので傷つけられるだけで自分では使わせてもらえなかった。 でもこれで、楽になれる。 「何か食べたい物があ……何を!?」 ナイフで自分の手首を傷つける。 やっとこれで楽になれるんだね。 「何をしている!!エリオット、医者を呼べ!!」 「はい!!」 「あ……」 金色の髪にスラリとした高身長の男性。 人型だけどお店で最後に見かけたライオンさんだと直ぐに分かった。 僕が自分で傷つけた手首に布を充ててがっちりと押さえている。 「カトラリーのナイフだからそこまで傷は深くないはずだが……何故こんなことをした?」 「…………」 大声が怖くて逃げようとするけれどライオンさんが止血するために押さえていた手の力が強くて動けない。 そうこうしているうちに狼さんがおじいちゃん羊のお医者さんを連れてきて傷を見てくれる。 人に触られるのも怖くてビクビクしているとおじいちゃん先生がすぐ終わるよと優しく声をかけてくれた。 「使う前のナイフだった様なのでバイ菌も入っていないようですし、大丈夫ですね。それよりも先に治療した傷や栄養失調の方が重症です」 「そうか……何度もすまなかったな」 「いえいえ……ではウサギさん、また明日様子を見に来るが今はゆっくり休みなさい」 今日休んだらまた明日から辛い日々が待っているのかな。 今が全てのものから逃げられる最後のチャンスだったんじゃないかな。 これからはきっと、お店でそうだったように警戒して刃物も遠ざけられたり外から部屋に鍵をかけられて出してもらえなくなるのかな。 「本当ならずっと着いていたかったが奴らの対応について指示を出すために少し席を外していた。知らない場所で目覚めて混乱させてしまったのならすまないことをした」 ソファに座る僕の前に膝をつきライオンさんが目線を合わせてくる。 また無意識に耳を噛む。 「俺はライアンだ。肩書きはこの国の国王」 やっぱりライオンさんは王様だった。 人が怖いはずなのに、ライオンさんから目が離せない。 そこには恐怖とはまた違う感情があるけれど今の僕にはわからなかった。 「まだ断片的にしか聴取をしていないが、この国では人を監禁する事は勿論、あの様に望まないまま暴力や性行為を強制する行為は禁止されいる。あの店の経営に関わっている者や客はそれ相応の罰を受けることになるだろう。摘発時に君や他のオメガたちは保護した。一人ひとり希望を聞き国でできる限るのサポートをしていく」 「………………」 もう、オーナーの元で働かなくていいの? これからは王様がオーナーっていうこと? それともお客様? 「……あまり噛むとせっかくの綺麗な毛並みが台無しだ」 「!?……ごめ、なさ……」 手が伸びてきて僕の耳に触れた。 王様もオーナーと同じで子供っぽいからやめろって事なのかな。 それよりも、怒られる前にちゃんとした方がいいのかもしれない。 慌てて立ち上がり王様の前に膝を着いてズボンに手を伸ばす。 「やめろ」 震える手を王様の大きな手で掴まれた。 お客様の中には国の偉い人もいたみたいだけど王様の相手は初めてだから、やり方が違うのかな。 それともミルクの方かな? 「もう、したくない事はしなくていいんだ」 「?」 「人には自由に生きる権利がある」 「で、も……僕はオメガ……だから……」 「確かに俺の力不足でオメガ性に対して差別がなくならないのが現状だがオメガ性だからと蔑まれていいはずがない。俺の世代で変えたいと思っている」 わからない。 そんな夢みたいな事……信じて、また騙されるのは嫌だ。 首を横に振って拒絶を示す。 「……これからゆっくりと少しずつでも俺を信じてもらえる様に努力をする。君の側にいてもいいか?」 どうして僕に許可を求めるの? 王様で、アルファのライオンさんなら僕なんかに一々許可を求めずに好きにできるのに。 「まずは医者にも言われている栄養面だな。食事にしないか? そして君の名前を教えて欲しい」 優しそうに声をかけてくれているライオンさんの豹変を見逃さないようにとビクビクするだけで全く食欲がなかった。 呆れたのか諦めたのかライオンさんたちが部屋を出ていき一人になると神経をすり減らして疲れたのかまた眠りに落ちてしまった。

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