6 / 20

第1話 《5》

「大丈夫か!?」 雷が怖くて動けない僕の元にいつの間にか部屋に入ってきたライオンさんが駆け寄ってくれた。 「窓から離れた方がいい。歩けるか?」 怖くて動けなくてフルフルと首を横に振った。 もしかしたらウサギに変わっていたし身体が震えていたから伝わらないかもしれないと思ったけれどライオンさんは分かってくれたようだ。 「動けないか……お前に触るが、少し我慢してくれ」 そう言ってライオンさんの上着に包み込むように抱き上げてくれベッドの方に向かう。 僕が怖がると思って聞いてくれたのかな? 「あ……」 思い出した。 お店から助けてもらった時に感じた温かい腕の温もり。 あの時の産まれて初めて味わった安心感。 ずっと側にいて欲しい、側にいたいと思った自分の本心に驚いて、自分の弱さから信じられず想いと気持ちに蓋をした。 「さぁ、窓辺にいるよりは少しマシだろ?」 ベッドにそっと降ろされるとライオンさんの腕が離れていく。 引き止めたくて、でもその為にはウサギの時より長い腕が必要で、無意識に人の姿に戻っていた。 「まっ、て……」 「え……」 「いか、ないで……」 「……触ってて怖くないか?」 ライオンさんの服を掴んで引き留めようとした 僕に一瞬驚いた顔をしていたライオンさんが優しく笑って横に座ってくれる。 座り直してくれたライオンさんの胸に顔を埋めると寒くないようにと上着を肩にかけてからそっと抱き締めてくれた。 「どうして、怖がってるの……わかったんですか?」 「大きな声や音に怯えていたからもしかしたらと思ったんだ」 そっと指で僕の涙を拭ってくれる。 大きくて指が長くてゴツゴツしている。 「雷、嫌いか?」 「……怒っている人が怖いのと同じで、雷はお空が怒っているみたいで……」 雷が鳴る度に身体がビクッとなる僕を慰めるように背中を撫でてくれながら優しく聞いてくれる。 「なるほど、空が怒っているみたいか。それは怖いな」 コクコクと頷くとライオンさんの笑った気配がして顔をあげる。 「少し話しをしようか。お前の話しをたくさん聞きたい。これまでの事、感じた事、嫌だった事……思い出したくないことは思い出さなくてもいい。でも、少しでも話してお前の心が軽くなるならなんでも話して欲しい」 「…………」 もう一度首を縦に振った。 「まずは名前を教えてくれるか?」 「ウサギ」 「……ウサギは種族の名前だろ?」 「……わから、ない……です……ウサギって、呼ばれてたから……」 「……店の奴らが名前がないと言っていたのは本当だったか」 ライオンさんが苦い顔している意味が分からなくて首を傾げると続けてと話しを促された。 お店に売られる前、僕を産んだ女の人とその旦那さんの所にいた頃はどちらとも違うピンク色の僕が産まれたから「お前のせいで旦那さんに浮気を疑われた」と叩かれたり「ピンク色のウサギなんて見たことがない。気持ち悪い」と言われたりしていたので名前もつける価値もなかったのかもしれない。 お店でも特に名前がなくて困ることもなかったし…… その事実を伝えるとライオンさんは何か考えていた。 「……痛いのは、嫌い……オメガだし、頭も悪いから他の所では働けないって……アルファの身体を癒すために身体を使ってもらって、ミルクを飲んでもらって……発情期が始まったらたくさんのアルファの子供を産む事が僕が生きていく理由だって……」 「……それは違う。ウサギは本来臆病な性格でほとんどの者が生まれ育った村から離れないそうだ。だから両親は狭い世界での知識しかなかったんだろう。それにオメガだって薬で発情期を管理できるようになれば好きな職に着くことができる。知識については店の奴らがわざと与えないようにしていたんだろう」 「?」 「誤った知識や常識として植え付けられてきたものが今更違うと言われても混乱するだけだろうから少しずつ分かってもらえるように俺達も努力する……痛いのは辛かったな」 コクリと頷くと頭を撫でてくれる。 本当に優しく、安心する温もり。 「何かしてみたいことはあるか?」 「……あの……太陽の下に……行ってみたいです。お部屋から見るのじゃなくて……でも……」 「でも?」 「……1人で外に出るのは、少し怖いです」 1人で出来ないとしてみたいことって言わないのかな…… 他に、今は浮かばないけど…… 「これからは好きに外に出ていいんだ。今日は雨も降っているし夕方だから無理だが明日にでも直ぐに出られる。中庭の方なら人もいないから危なくないしな。1人で外に出るのが怖いなら俺と一緒に出よう」 「いい、の?」 自由に外に出ていいだけじゃなく一緒に来てくれるときいて驚いて聞き返すと「勿論だ」と頷いてくれた。 中庭とは反対側は人が多いのでまだ様子を見た方がいいと言われたけれど人が多いところはまだ怖いから出るつもりはない。 「……どうして、僕のこと助けてくれたんですか?」 「この国の王としてあの様に非道な行いは許しておけない。寧ろ何年も苦しく辛い思いをさせてすまなかった」 王様で偉いライオンさんに謝られてしまって戸惑ってしまう。 アルファがオメガに謝るなんて…… 「一緒に助け出せたオメガたちは治療や本人たちの希望をきいて働く場所などは手配することになっている。勿論、望まない身体を売るような真似はさせない。お前は……少し他のオメガとは違う。その特殊な能力の為に同じ様に施設に預けるのは危険と判断した。それに……」 自分が他のオメガと少し違うというのはオーナーたちが話していたからわかっていた。 「俺の側で今まで味わえなかった幸せを俺の手で送りたい。これから今までの分とこれからの分、それ以上の幸せを送らせて欲しい」 ライオンさんの言葉に雷の怖さとは違う涙が零れる。 夢、かな…… 側にいたいと思った人に側にいてもいい許可をもらうなんて。 「もう望まないセックスはしなくていい。暴力も理不尽な扱いも受けさせない。俺に守らせて欲しい」 「ふぇ……ひっ……くっ……」 「側にいてくれ」 嗚咽で上手く声が出せなくて何度も何度も頷いた。 「……まずは俺から、名前を送らせてくれないか? 『 ルーク』 これから光り輝く未来がお前に訪れますように……」 「ルーク……僕の、名前?」 「気に入ってくれたか?」 「……うん……ありがとう、ございます……ライオンさ……王様……」 素敵な意味の名前をもらって嬉しくて何度も自分の名前を心の中で呟いた。 「王は肩書きだ。ライアンだ。ルークには名前で呼んで欲しい」 「ライアン、様?」 「様もいらない」 「ライアン、さん?」 「本当はさんもいらないんだが、ルークが呼びやすい様に呼んでくれればいい」 「ライアンさん、ライアンさん……ルーク、ルーク」 覚えたての名前を噛み締めながら口に出す。 涙が止まらなかった。 悲しくないのに……嫌じゃないのに……何で? ライアンさんに聞いてみると直ぐに答えを教えてくれた。 「人は嬉しい時も涙が出るんだ。ルークの初めての嬉し泣きだな」 僕の顔にかかっている髪を手で梳いて整えてくれる。 もうライアンさんの手は怖くない。 僕に暴力を与える手じゃない。 もっと色々な物をくれる、大きなライアンさんの手だ。 「雨が止んだな」 あんなに雷を鳴らしながらバケツをひっくり返した様に降っていた雨がやんで外が明るくなっている。 ライアンさんが軽々と僕を抱き上げてくれて窓から一緒に外を見る。 あれ? 雨上がりの夕方の空に七色のアーチがかかっていた。 「あれ、何ですか?」 「ああ、虹がかかっているな」 「……にじ……綺麗……」 初めてみた。 今まで雷が怖くて布団を被って過ごしていたので雨が止んだ後の空を見たことがなかったかもしれない。 「……空が怒っているから雷が鳴るなら、この虹はルークのこれからの人生を祝福しているんだろうな」 「ふぇ……」 祝福なんて、初めてだ。 今日はライアンさんからたくさんの初めてをもらった。 こんなに貰いすぎて、罰が当たらなきゃいいなぁ。

ともだちにシェアしよう!