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第1話 《6》
「まずはきちんとした食事だな。何か好きな食べ物はあるか?」
ライアンさんに着替えを手伝ってもらって身だしなみを整えるとまた抱き上げてくれる。
「ライアンさん……僕……ルーク、歩けます」
ライアンさんに決めてもらった名前が嬉しくて自分でも何度も呼んでしまう。
ライアンさんにくっついて居られるのは嬉しいけれど、重くてライアンさんが疲れてしまったら嫌だ。
「ルークの怪我が心配だ。治るまで移動は抱き上げたままの方がいい」
「でも……」
「嫌か?」
ライアンさんは嫌な事はしないと言った。
誤解されたくなくて違うと勢いよく首を横に振る。
「ルーク、重い……ライアンさん、疲れない?」
「軽すぎて心配なくらいだ。俺の心配をしてくれてありがとう。普段鍛えているから全く負担にならない。それに……」
そっか……ライオンさんで元々身体が大きいけれど普段から鍛えているからあんなに強いんだね。
「俺がルークを抱っこしていたいんだ。ダメか?」
「……嬉しいです」
ピクピクと動く耳が恥ずかしくて両手で押さえると笑われてしまった。
「隣の部屋にエリオット……いつもの狼の獣人がいると思うが大丈夫か?」
「……はい」
まだ急に人に会うのは怖いけれど予め教えてもらったのとライアンさんの信頼している部下さんっていうのはわかっているから……大丈夫。
「エリオット、食事を用意してくれ」
「ライアン様……畏まりました」
僕を抱っこしているライアンさんの方に顔を向けてエリオットさんはテーブルの上の書類を片付け始めた。
「あ、あの……」
僕がライアンさんに下に降ろしてもらって声をかけるとエリオットさんがびっくりして僕を見つめてきた。
「あの……僕……ル、ルークです……ライアンさんが、名前……くれました……い、いつも……あの……ありがと、ございます……」
何度も言葉が詰まったりつっかえてしまったけれどエリオットさんは急かすことも怒ることもなく話し終わって頭を下げるまで待ってくれた。
そして膝をついて目線を合わせてくれる。
「エリオットと申します。素敵な名前を頂きましたね……可愛らしい声が聴けて、今とても感動しています。怖かったでしょうに、勇気を出して声をかけて下さりありがとうございます」
いつもの感謝を伝えるはずが逆にありがとうと言われて戸惑ってしまう。
「食事ですね。今日は胃に優しい様に雑炊になりますが……ライアン様の分も一緒にお持ちします」
「頼む。ルークは好きな食べ物や食べたい物あるか? 今日は胃に負担かけないような物がいいと思うが明日以降用意する」
「えっと……わからない、です……ごめんなさい……」
きちんと答えられなくてまた耳を齧ってしまう。
自分の事なのに好きな食べ物も食べたい物もわからない……
「じゃあこれから一緒に探していこうな」
落ち込んでいた僕をまたその大きな腕の中に抱き上げてくれるライアンさん。
「ルークの美味しいと思った物、また食べたいと思った物があったら教えてくれるか?」
焦らなくていいと背中を撫でてくれるとほっと息がつけた。
「言え」じゃなくて「教えてくれるか」
「強制」じゃなくて「問いかけ」
ライアンさんの優しさが温かい。
「食事が来るまで少しここの事を説明しておこうな」
ここは王宮の奥にあるお城とは別の建物で王様であるライアンさんのプライベートな時間を過ごすための宮殿。
だから中庭に出るのはいいけれど反対の王宮に続く道は様子を見てと言ってくれたみたいだ。
この建物だけで普通に生活するのには困らないみたい。
僕がいた部屋はライアンさんの寝室でその隣のここが執務室。
執務室から廊下に出るとまだたくさんお部屋があって寝室は防犯のために直接廊下には繋がっていない。
エリオットさんが使っている部屋がらあったりと他にもいくつか部屋があるけれどライアンさんは殆どこの2部屋しか使っていないらしい。
「この宮には入れる者も決まっている。俺とルーク、エリオットの他にはいつも来る医師。俺の両親と弟、弟の番も入ることが出来るがルークが慣れるまでは控えるように言ってある。警備の兵も決められた者が交代で職務にあたっているが何もない限り姿を見せないように言ってあるから心配しなくていい」
「……ライアンさん……僕……ライアンさんの寝室ずっと使わせてもらってた、の? ライアンさんの寝る所、僕……ごめん、なさい……」
親切にしてくれるライアンさんに僕のせいで不便をかけてしまった。
知らなかったと言っても申し訳なさすぎて、どうすればいいか分からずただ謝ることしかできない。
「ルー……ルーク。落ち着け。俺はどこでも寝られるから心配しなくていい。ここにはソファーもあるし、他の部屋にベッドがある部屋もある。だからそんなに泣きそうな顔をするな」
泣きすぎて重たい目を擦ろうとして伸ばした手がやんわりと戻されて「後でタオルで冷やそうな」と頬を撫でられる。
「ルーが安心して眠れたのならそれに越したことはない。今ルーに大事な事はよく食べてよく寝て、よく遊ぶ事だ」
「……はい」
ライアンさんの部屋だから、ライアンさんの香りでいっぱいだったんだね。
でも今日からは別の部屋に行かないとライアンさんが寝れない。
「ルーには好きな部屋を選んでもらって自分の部屋にしていい。これから色々とルーの物が増えていくだろうからな」
自分の部屋、かぁ。
贅沢すぎる申し出なのに寂しいと思ってしまう。
寂しいから、不安だから、一緒の部屋にいさせて欲しいと……
「でも寝る時は寂しいから俺の部屋で寝てくれるか?」
噛んでいた耳から口を離すように耳を撫でながらライアンさんが内緒話しをする様に小声で聞いてくれる。
よかった……
「僕も……ルークも、寂しいからライアンさんと一緒がいいです」
同じ様に内緒話しをする様に小声でライアンさんのお耳の側で話すと三角のお耳がピクピクと動いていた。
「ルーク、ソファーで寝るので一緒の部屋で寝たいです」
「ルーが一緒にベッドで寝てくれないと俺が寂しくて寝れないかもしれないぞ?」
「……邪魔じゃないですか?」
「ベッドも大きいし2人で寝ても余裕だろ」
嬉しい……ルーク、邪魔じゃないって言ってくれた。
ライアンさんとお話ししていると自分がここにいていいと生まれて初めて認められたみたいに感じる。
「失礼します」
ふわふわした気持ちでいるとエリオットさんがワゴンで食事を運んできてくれた。
すごい量……サラダやスープ、そしてお皿にお肉がこんもりと盛り上がっている。
「ライアン様は健啖家なので毎回この量を余裕でペロリですよ」
「肉食系の獣人は大食いが多いからな。エリオットも同じくらい食べるぞ」
びっくりして交互に2人を見るとエリオットさんがニッコリと笑っていた。
「ルークにはこちらを……一先ず消化にいい物から始めて大丈夫な様なら普通の食事にしていきましょうね」
細かく刻まれた野菜が入ってる温かい雑炊を僕の前に置いてくれる。
美味しそうな香り。
「いただきます」
「……いた、だきます?」
ライアンさんの真似をして手を合わせる。
後で食材や食に関係してきた人々に感謝する為の言葉だと教えてもらった。
「熱いから冷ましてからな」
土鍋から取り分けてくれてレンゲで少しよそってフーフーと息をかけて冷ましてから口元に運んでくれた。
「……おいしー」
「そうか。食べられるだけ食べていいからな」
ライアンさんは僕を抱えながらも器用に食べさせてくれて更に自分の口にも運んでいく。
僕が一口食べる内に6口くらい食べていてあんなにあったお肉もどんどん少なくなっていく。
「……お腹、いっぱいです」
「もういいのか?」
「無理して苦しくなっては大変ですからね。少しずつ食べる量も増えていきますよ」
二人とも無理に食べろとは言わず、食べれた事を喜んでくれた。
お風呂は傷が治るまでお預けだからとライアンさんが身体を拭いて薬を付けて包帯を巻き直してくれる。
「それと首のネックガード。店のものは捨ててしまったから新しいものを用意した」
「ありがとうございます……ライオンさん? 太陽?」
「王家の紋章だ。この国は俺の先祖の獅子族が代々国治めてきた。王族は民の希望であれという教訓を込めている。この紋章をみて俺の庇護下にあると知れば大概の者がルーに手を出せなくなる」
僕も初めてライアンさんを見た時太陽かと思ったからきっとそういう意味なのかな。
オーナーに付けられていたネックガードは番にさせられる事を防ぐ為になくてはならない物だったけれどお客様の中にはそこに鎖を付けてペットの様に扱われたり、引っ張られて肌が擦れたりとあまりいい思い出がない。
なのでライアンさんからもらった物と思うとそれだけで嬉しいのにしっかりと首をガードできる上に内側が柔らかい素材で出来ているので擦れる心配もなさそうだ。
「鍵も渡しておく。なくさない様にな」
「はい」
「さぁ、もう寝るぞ。おいで」
ベッドに横になったライアンさんの隣に入ると肩まで布団をかけてからそっと頭を撫でてくれた。
「おやすみ、ルーク。いい夢を……」
やっぱりライアンさんの隣は落ち着いて僕は直ぐに眠りについた。
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