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第1話 《6.5》

「おやすみ、ルーク。いい夢を……」 隣に眠る愛し子が悪夢に魘されない事を願いながらそっと頭を撫でる。 ピンクウサギの獣人であるルークは長い間辛い環境の中で生きてきた。 容姿が自分たちや周りとは違うというだけで浅はかにも名前も付けず愛情も与えずルークを奴隷として売った両親。 怪我や病気を直すミルクと抱いた者が今まで味わったことがないような快楽を味わえるという能力を金儲けの為に使っていた下衆な奴ら。 そのせいで保護したルークは心も身体もボロボロだった。 この国ではオメガだからという理由では勿論、性に関係なく全国民があの様な扱いを受けるなどあってはならない。 確かに昔や隣国では今でもオメガだという理由で差別を受ける国はある。 それに疑問を持った先々代、俺の祖父が「何時とたりとも差別は許さず」という法律を作り破った者には重い罰を課すように取り締まりも強化した。 当時は反対の声も多かったが今では周りの諸国に比べて争いも少なく豊かな国への成長した。 その意志を先代の王の父、そして現国王の俺が継いできた。 それでも金儲けの為に裏であんな酷いことをする輩もいる。 今回ルークを保護出来たのもたまたま報告に上がってきた案件が気になったからだ。 本来なら王自ら出向くことはしないのがだ何故か気になった。 ……いや、きっと必然だったんだろう。 そこでルークに出逢った。 一目でわかった。 ルークが俺の『運命の番』だと。 アルファとオメガだけの特別の関係である『番』 そして出逢った瞬間お互いが分かり惹かれ合う事を止めることができないという唯一無二の相手が『運命の番』 殆どの者が出逢う事はないまま一生を終えると言われているくらい出逢えるのが稀である。 それでも俺は運命の番に逢うことができる、逢わなければいけないと本能が訴えていた。 現に三つ下の弟の番が『運命の番』である。 この国の嫡男として生を受けた日から王として即位した後、子孫を残すことを求められていた。 幸い両親が許嫁などは本人の意思を尊重するとの事から幼い頃に決められることもなく、自分の意思表示が出来るようになってからも必要はないと断っていた。 勿論周りが勝手に勧めてくることもあったが全て断り、お互い後腐れがない相手と一夜限りの関係を持つようにしていた。 32歳にしてやっと出逢うことができた相手がルークだ。 俺の番。 俺の半身。 俺の全て。 そのルークに汚い手で触り欲望を押し付けていたハイエナの獣人を見た瞬間頭に血が上りライオンの獣体で噛み付いていた。 フツフツと込み上げる怒りのまま一方的に噛みつき投げ飛ばしあのままでは嬲り殺していただろう。 エリオットが首を覚悟で狼の獣体で体当たりをして「こんなゲスよりもその子の保護を!!」と全力で止めてくれなければ。 私情ではなく、奴らは法で裁かれなくてはならない。 我に返ってルークを抱き上げた瞬間愛しさと同時にゾッとした。 力加減を間違えると簡単に折れてしまいそうな身体。 最悪の場合、永遠に失っていたかもしれない恐ろしさ。 改めて抱きしめられた事に安堵した。 自分の宮殿に連れ帰り傷の手当てをしたがルークの全身至る所に昔の傷から最近付けられたものなど無数の傷があった。 そして目を覚ましたルークは全てに絶望していた。 カトラリーナイフで自分の手首を切って死んでしまおうと思うほどに。 ルークが自分の耳を買うのは不安な時の癖なのだろう。 保護した事やここには傷つける者はいない事を説明している間も不安そうに自分の耳を噛みながらカタカタと震えて心を閉ざしていた。 長年理不尽な扱いを受けていたから俺が保護したのもルークの能力が目的なのだと思って奉仕しようとしてきたのは本当に痛ましかった。 時間をかけて、信じてもらうしかない。 長期戦は覚悟していたので書類など持ち込みできる仕事は持ち込みなるべく傍に居るようにはしていたが、まずは食事だけでもさせなくてはと思っていた。 ただでさえあんなに軽かった身体が食事を取れないことで更に軽くなるのが分かっているからこそ食事を取らせたいが無理意地をして傷つけたくはない。 それでも医師からも食事が取れないようならそろそろ点滴でもしないと生命に影響がでると言われていた。 そんなある日、急激に空が暗くなりゲリラ豪雨が発生した。 なるべく屋敷に居るようにはしていたが大臣や来客の対応をする時はエリオットに任せ城で対応し、終わり次第帰る様にしていた。 その日もちょうど自分の宮殿に帰る途中だった。 店で助けた時や宮殿で過ごしていたルークを見ていると大きな音に怯えていた。 地響きがするほどの大きな雷の音が鳴り響くのを聞いてルークがいる寝室まで走った。 一人で怯えているだろうと思うと直ぐにでも抱き締めたかった。 寝室に戻るとベッドやソファーに姿がなく、窓際に俺の上着とルークの服が落ちていてその下が少し盛り上がっていた。 雷の音で驚いて獣体に変わってしまった様だ。 初めてみた兎の姿。 髪の色と同じ可愛らしい桃色の小さな身体が俺の服の下に隠れていた。 ……ルークには混乱するだろうと思い敢えて俺たちが『運命の番』であるとは教えていない。 店側が知識を持たれ脱走する事を恐れ知識を与えないようにしていたようで『番』は知っていても『運命の番』は知らないようだ。 それでも『運命の番』のフェロモンは相手に安心感を与える様でルークも無意識に俺の上着を持っていたのだろう。 窓際にいるよりは少しでも離れているベッドにいる方がいいだろうと怖がらせないように断りを入れてから腕に抱き上げたウサギのルーク。 本当に小さくてホーランドロップの特徴である垂れた耳がピクピクと動いていた。 このまま雷が止むまで抱き締めていたい。 そんな欲望をどうにか抑えてベッドに下ろし離れようとすると人型に戻ったルークに引き止められた。 「いかないで」と小さなちいさな声で縋られた時、不謹慎にも荒れた天候に感謝してしまった。 そして抱き締めたまま話しを聞くと少しずつ答えてくれた。 雷は人が怒っているのと同じで空が怒っている様で怖いのだという可愛らしい考え。 名前を聞くと種族である「ウサギ」だと答え名前がないと言うこと。 自分の両親であるのに親と呼べず「自分を産んだ女の人」と「その旦那」と呼んでいた者のこと。 痛いことが嫌いなこと。 店で教えられた誤った知識や常識のこと。 今してみたいことを聞くと少し悩んでから「太陽の下に出てみたいが1人では不安」である事も教えてくれた。 これまでは自由は許されず両親の元でも店でも部屋から出ることが許されなかった。 でもこれからは自由に、したいことをして欲しい。 俺の側を離れる以外なら何でもさせてやりたい。 今すぐは雨も降っているし夕方になるから明日にでも一緒に庭に出てみようと誘った。 「どうして助けてくれたのか」と聞かれ国王としての義務を話した。 ルークは他のオメガ達には持っていない能力があるので、混乱を避ける為に施設で保護するのではなく俺が保護したと教えたがそんな事は表向きな話しだ。 大事なルークを離したくない。 俺の欲望を隠し綺麗事だけ伝えるのも随分と虫がいい話しだろうな。 それでももうルークを離す事ができない。 過去の辛い思い出をなかったことには出来ないがこれから俺の手で幸せを送りたい。 これは紛れもない俺の本音だ。 これから光輝く未来が訪れる様にという願いを込めて『ルーク』という名前を送ると悲しくないのに涙が止まらないとポロポロと綺麗な涙を流していた。 初めてのルークの嬉し泣きをもらって、初めて俺の名前を呼んでもらって……幸せを送るはずが早速俺の方がもらっていたな。 雨と雷が止み、空にはルークのこれからの人生を祝福するかの様に虹がかかっていた。 ルークが心を開いてくれてからは許可をとりつつ出逢った時からの願望だった常に触れている事を実践した。 自分で歩けるというルークに怪我が治るまではと抱き上げて移動する許可をもらった。 本人は重いから俺が疲れるのではないかと心配していたがそんなわけが無い。 むしろルークに触れているだけで癒しを貰える。 更に俺が送った『ルーク』という名前が嬉しくて、自分でも呼びたいらしく一人称が『ルーク』になっていたのも可愛すぎて悶えてしまいそうだった。 勿論、いきなりそんなことをしたらルークが驚くだろうから自重したが。 怖かっただろうにエリオットにも自分から自己紹介して色々と世話をしてくれた礼を伝えていた。 いつもポーカーフェイスで黙々と仕事だけ人間のエリオットが感動して柔らかい笑顔を浮かべているのは久しぶりにみた。 しかもエリオットが今の役職は全て他の者に譲ってルークの世話に専念したいと言い出した。 エリオットとはそれこそ幼少期から俺のお目付け役として仕えてくれているので家族の様に信頼している。 少し口煩いが仕事は完璧で右腕として正式な王の補佐役としての役職についてもらい俺を通さなくても事足りる細々した業務を担ってくれていた。 俺の側近がベータのエリオットというのが気に入らない古株もいるが第二の性に関係なく、私腹を肥やす事に必死な古狸供より断然信頼できるという理由でもエリオットが適任だったのだが。 エリオットは裏での書類制作などは今まで通りするがルークの為に時間を使いたいと言い出した。 人が怖いルークができるだけ知らない人が出入りして怯えないようにと俺の宮殿で働いていたメイドなどは他の持ち場に移ってもらっていたので掃除や洗濯等家事一切も引き受けてくれるそうだ。 元より出世や地位には興味が無い奴だったが仕事人間だったエリオットがそこまでするとは。 「ライアン様の運命の番だと言うことは勿論承知していますので邪な感情はありません。ただ……これまでの人生を思うと……」 未遂では終わったが手首を切って自分で死のうとしたルークをみて思うところがあったのだろう。 俺としてもルークを一人にしたくないので有難い。 この宮殿の事をルークに説明した時、俺の寝室を使っていた事で俺の寝る場所を盗っていたと真っ青になっていた。 ルークの部屋は用意するができる限り側にいて欲しいし気を使って欲しくない。 ルークが眠れない時や不安な時、側にいて手を握ってやりたい。 わざと内緒の話しをするようにルークの可愛い耳元で「寂しいから一緒に寝てくれないか」と聞いた。 優しく純粋なルークは俺のそんなズルいお願いに「ルークも寂しいからライアンさんと一緒がいい」と言ってくれた。 ソファーでいいなんて言っていたがそんなことさせる訳が無い。 食事も胃に負担がかからないようにと雑炊を作らせた。 一緒に運ばせた俺の食事量に驚いていたが肉食系の獣人はこれが普通だと思っていた。 草食系のルークがそこまでの量が食べれないだろうとはわかっていたが予想以上の少食ぶりに心配にはなったが無理させるのはよくないだろう。 首のネックガードはルークを保護して即外した。 あんな、ペットの犬猫にでも付けるような首輪のような悪趣味なデザイン。 それにリードをつけて引っ張ったりとしていたそうだ。 番にされるのを防止する役割は果たしていただろうが擦れて傷ついていたし店の事を思い出す物は捨ててしまいたかった。 ……まぁ、このネックガードも王家の紋章がついていてある意味俺の者だと主張している事になるが。 他の奴らの前に出すつもりはないが万が一の為に……という理由をつけるが結局の所俺も独占欲が強いただの男だ。 「……や、だ……ごめな、さ……」 隣で眠っていたルークがカタカタと震えながら弱々しい声で呟いた。 自分の元に引き寄せてそっと髪を撫でる。 「ルー……ルーク……」 寝たばかりで起こすのも可哀想だが悪夢に魘されているよりはと思い身体を揺らして名前を呼ぶ。 「あ……う……ライア、さ……?」 「大丈夫。俺がいる……全部夢だ」 「ゆ、め……」 「ルークはもう一人じゃない」 涙を拭ってやりながら包み込むように抱き締めてそっとなだめるように身体を撫でる。 「さぁ、まだ朝まで時間がある。もう一度寝よう」 「うぅ……」 「もしまた魘されていたら直ぐに起こしてやる。だから安心して眠れ」 「……ライアン……しゃん……」 この日はやっと出逢うことが出来た愛しいいとしいこの子の寝顔を朝までずっと見守っていた。

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