5 / 9

シャチョーと電話

   るるるるるるるる  るるるるるるるる  るるるるるるるる  遠くでなるベルの音。  多分携帯電話の着信だけど、そのまま無視した。  布団から出ることが面倒。  猫は腹が減ったら鳴いて教えるから、そしたら、餌をやればいい。  目を開けたら、外が暗かった。  猫が鳴いていたので、餌をセットして水を汲んでやった。  それから、また、布団にもぐりこんだ。  何度か携帯が鳴っていた気がした。  そのたびに目は覚ましたけど、そのまま放置していた。  猫が鳴いたので、布団から這い出す。  立ち上がったら地球の自転を感じたので、ずりずりと這い進むことにする。  明るくて静かで、近所のどこかの家から掃除機をかける音がする。  ってことは、午前中。  いつの午前中なのかはよくわからないけど、猫の鳴き声は無視した記憶がないから、半日くらいしかたっていないはず。  なんとか階段を下りてガードを通過する。  猫の餌を手順通りにセットしていたら、匂いにあてられた。  吐き気をこらえていつもの場所に置けば、足元にまとわりついていたあったかいのが消える。  そりゃあ餌を出すだけの飼い主より、本能に従う方が大事だよな、うん。  今日も元気そうで何よりだ。  ずりずりとリビングに戻ってカーペットの上に転がる。  ソファの前のローテーブルに、帰ってきた時に放り出したままの携帯電話を見つけた。  ここに置いてあったのか。  充電を確認しようと手を伸ばしたら、いいタイミングで呼び出し音が鳴り始めた。 「もしもし」 『りゅーさん? 生きてる?』 「あー……寝てた」  他にかかってくるアテもほとんどないから、確認もせずに出たら案の定シャチョー。  アルトの声はいつもより少しゆっくり話していて、また、心配をかけていたんだと思い知らされる。 『ごめん。気がせいてて、私、この時期りゅーさんが落ちやすいの忘れてた』 「何が?」 『ますみちゃんが気にしてた』 「ああ、子供の話? 気にしてない。むしろ嬉しい」 『嬉しい?』 「たなさんが人間でよかったなって話」 『何それ』 「俺のことよりも気がせいてた事情を優先してくれたのも、内容は知らないけど、そっちの方が嬉しい」 『普通、ないがしろにされた! って怒るとこよ?』 「この歳になって、ダメな大人やってる赤の他人を優先させてる方が、心配だろう」 『いろいろ突っ込みたいけど、そのセリフ』 「そう?」 『年齢タテに言い訳してんじゃないわよとか、ダメな大人ってどういうことよとか、わかってんなら直しなさいよとか、赤の他人って何よとか、もっと自分を大事にしてよとか』  あまりのいいように、小さく笑ってしまった。  でも、それがありがたいって、俺は知ってる。 「突っ込んでるじゃないか」 『さらっとね。ホントは膝詰談判に持ち込みたいところだわ』 「今、その体力はないなぁ」 『行き倒れてるんじゃない』 「いや、寝起き。後で何か食う」 『だったらいいけど』 「ああ、大丈夫。ありがとう」  うつぶせた姿勢から、ゴロンとあお向けになる。  くらりと天井が揺れた。 「たなさん」 『何?』 「やっぱ、まずい」 『は?』 「床の上に寝転がってんのに、天井が回ってる」 『バカじゃないの?! それを、行き倒れてるっていうのよ! すぐに行くからそのまま動くんじゃないわよ!』  ものすごい勢いで怒鳴りつけられて、いきなり通話が切れた。  ああ~……  あとで、膝詰談判決定した。  でも、少しうれしい。  不謹慎だと怒られそうだけれど。  なー。  猫が頭の近くで鳴いた。  餌が欲しいのアピールとは違う声だったから、俺はそのまま目を閉じた。

ともだちにシェアしよう!